ロマノス(その他表記)Romanos, Saint

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロマノス」の意味・わかりやすい解説

ロマノス
Romanos, Saint

6世紀のビザンチンの詩人,ビザンツ聖歌の作者。シリアのエメサ生れ。ベリュトス (現ベイルート) で聖職につき,のちにコンスタンチノープルの教会に移る。伝説によれば,あるクリスマスの晩,聖母自身によって詩才を与えられ,ただちに有名な聖歌『きょう聖母は』 Hē parthenos sēmeronを作ったという。ギリシア正教の典礼でよく用いられるコンタキオンという聖歌形式の創始者とされ,1000以上の聖歌の作者とされているが,実際にはシリアで行われた聖歌をコンスタンチノープルに導入し,コンタキオンの形式を完成させたものであろう。文体は当時のビザンチン詩文の主流とは異なり,簡潔かつ明快で,対話を用いるなど劇的効果も計算されており,ビザンチン期最大の聖歌作者と称される。ただし曲は今日に伝わっていない。なお,現在も用いられる長大な聖母賛歌『アカティストス賛歌』 Ho akathistos hymnosもロマノスの作とされるが,確証はない。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロマノス」の意味・わかりやすい解説

ロマノス(1世)
ろまのす
Romanos Ⅰ
(870ころ―948)

ビザンティン皇帝(在位920~944)。海軍司令官のとき娘ヘレナをコンスタンティノス7世の皇妃とし、自ら皇父の称号を得た。のちに共治帝となり、実権を握った。ブルガリアのシメオン王に苦しめられるが、その死後ペーター王と和平を結び、ブルガリアをビザンティン文化圏内に取り入れた。シリア、メソポタミアにも出撃し成功、エデッサ、メリテネなどの重要な都市を奪回した。国内の大土地所有者の権力増大を抑えるため、中小自由農民の保護策を打ち出すが、実効はあがらなかった。皇子ステファノスとコンスタンティノスの反逆により捕らえられ、プロテ島(ペロポネソス)に流され、その地で修道士として没した。

和田 廣]

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