コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アブド・アッラーフ・ブン・フサイン ‘Abd Allāh b.Husayn

1件 の用語解説(アブド・アッラーフ・ブン・フサインの意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

アブド・アッラーフ・ブン・フサイン【‘Abd Allāh b.Husayn】

1882‐1951
ヨルダンの初代国王。メッカシャリーフフサインの次男。第1次大戦直前カイロで〈アラブ合同〉運動に参加,開戦と同時に父の命令で〈アラブ反乱〉に参画。以後イギリスたよりトランス・ヨルダンの首長(アミール)位につき(1921),1946年独立して国王となる。〈大シリア〉計画を提唱して周辺諸国から警戒される。〈アラブ軍団〉が第1次中東戦争ヨルダン川西岸地帯を占領して併合,国名をヨルダンと変更(1948),51年エルサレムで暗殺された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のアブド・アッラーフ・ブン・フサインの言及

【シリア】より

… 第1次世界大戦においてオスマン帝国がイギリス,フランスなどの連合国側に敗北,解体して,国民主義,世俗主義,共和制のトルコが生まれると,スルタン・カリフ制はあっさり廃止される。他方,戦時にメッカのシャリーフ,ハーシム家のフサインは,イギリスからオスマン帝国下にあったシリア,アラビア半島におけるアラブ王国独立の約束を取り付け(フサイン=マクマホン書簡),息子のファイサル1世アブド・アッラーフ・ブン・フサインとともにアラブ反乱を開始する。ファイサル1世は連合国軍の一翼としてダマスクスに入城し,1920年シリア王位につく。…

【ヨルダン】より

…そして前年の1917年に出された〈バルフォア宣言〉によりパレスティナにユダヤ人の郷土を建設する動きが活発となって,アラブの苦難とパレスティナの悲劇の歴史が開始されることになった。当時ヒジャーズ王を名のっていたフサインの第2子アブド・アッラーフ・ブン・フサインは21年3月アンマーンへ進撃した。同年3月末,イギリスはパレスティナを二分し,ヨルダン川東岸地域をアブド・アッラーフの領土とすることに同意し,23年5月15日イギリスの委任統治領トランス・ヨルダン首長国Emirate of Trans‐Jordanが成立した。…

※「アブド・アッラーフ・ブン・フサイン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

アブド・アッラーフ・ブン・フサインの関連キーワードトランスヨルダンベルダンヨルダンヨルダン川ウエルダンオイルダンパーリタルダンドギュルダンの定理ジョルダンの定理

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone