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アブー・ドゥラフ Abū Dulaf

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世界大百科事典 第2版の解説

アブー・ドゥラフ【Abū Dulaf】

アラブの詩人,旅行家。生没年不詳。イブン・ムハルヒルIbn Muhalhilともよばれる。サーマーン朝のナスル2世(在位914‐943)の命により,943年にブハラを出発,中国の甘州まで旅行し,マレー半島インド経由でイランへ帰着した。これをまとめた旅行記には,途中で出会ったトルコ系諸部族に関する記録が含まれており,史料としても重要である。こののちブワイフ朝の宰相の庇護を受けた。アルメニア,イラン北西部に関する旅行記もある。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のアブー・ドゥラフの言及

【旅行記】より

…彼の興味の中心は聖地とメッカ巡礼であり,この部分だけで全体の3分の1以上を占めている。 このほかにアッバース朝カリフが921年にボルガ地方へ派遣した使節団の一人イブン・ファドラーンの《旅行報告書》,サーマーン朝スルタンの中国使節(942ごろ)アブー・ドラフAbū Dulaf(生没年不詳)の《中国インド紀行》,グラナダ生れの旅行家アブー・ハーミドAbū Ḥāmid(1080‐1169)の諸旅行記,同じくスペイン生れのイブン・サイードIbn Sa‘īd(1213‐86)の諸旅行記,バグダード生れのアブド・アルラテーフAbd al‐Laṭīf(1162‐1231)の知性あふれる《エジプト紀行》,マムルーク朝下《アミール・ヤシュ・ベクのアナトリア・トルコ紀行》,同じくマムルーク朝下のスルタン,カーイト・バイ(在位1468‐96)の《ヒジャーズ紀行》などが代表的なものである。このほかアラビア語以外にもバルフ生れのペルシア人ナーシル・ホスロー(1003‐61)の《サファル・ナーマ》(ペルシア語),オスマン帝国の軍人旅行家エウリヤ・チェレビー(1611‐84)の旅行記(トルコ語)などがあり,他のジャンルに比べると少ないとはいえイスラム世界の旅行記文学は中世だけでも20以上を数える。…

※「アブー・ドゥラフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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