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イシュトバーン[1世] István I

世界大百科事典 第2版の解説

イシュトバーン[1世]【István I】

970ころ‐1038
ハンガリー王。在位997‐1038年。聖王とよばれる。アールパード家最後の首長ゲーザGézaの子。幼名バリク。キリスト教の洗礼を受けてイシュトバーンの名となる。妻はバイエルン公女ギゼラ。1000年に教皇シルベステル2世から授けられた王冠を戴いて,ハンガリー初代の国王となる。国内異民族の討伐,国内東部の部族の反乱の平定,教区制の設置,行政組織の整備により,統一されたハンガリー封建国家を樹立した。【南塚 信吾】

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世界大百科事典内のイシュトバーン[1世]の言及

【ハンガリー】より

…定住後ハンガリー人は西欧へ進出したが,955年にドイツ王オットー1世の軍に敗れ,以後先住のスラブ人から農耕を学びつつ,ハンガリー盆地での国家建設に努めた。封建国家の形成は10世紀末のアールパード家のゲーザGéza公のときに始められ,その子イシュトバーン世のときに完成した。997年から1038年まで在位した彼は,諸部族を統一し,国内行政組織を整備し,キリスト教を導入して教会組織を固め,統一国家を樹立した。…

【ビホル】より

…4~9世紀の民族移動期ののち,10世紀にはビホル城を根拠として原住民(ブラフ人とスラブ人)の同盟の長であるメヌモルトMenumorutがこの一帯を支配していたことが年代記に記されている。11世紀初めこの地方を征服したハンガリーのイシュトバーン1世はビハル教区を設置した。それ以後ハンガリー南部とトランシルバニアおよびバナト地方を結ぶ交通の要地として発展し,オラデヤ(現,ビホル県の県都)をはじめいくつかの都市や市場町が現れた。…

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