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西夏 せいか Xi-xia; Hsi-hsia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西夏
せいか
Xi-xia; Hsi-hsia

中国のニンシヤ(寧夏)ホイ(回)族自治区を中心に古く繁栄した王国 (1032~1227) 。中心民族はタングート (党項) 族で,チベット語と同系の言語を話す遊牧民族であった。初めは四川省西部に住んだが,チベット吐蕃がこの地方を支配すると,青海から移動して寧夏,甘粛に移った。

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デジタル大辞泉の解説

せい‐か【西夏】

中国、代の1038年、チベット系タングート族拓跋(たくばつ)氏の李元昊(りげんこう)が、中国北西部の甘粛オルドス地方に建てた国。国号は大夏。都は興慶府。と和平・抗争を繰り返し、1227年、蒙古のチンギス=ハンに滅ぼされた。西夏文字を制定し、仏教を保護奨励した。

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百科事典マイペディアの解説

西夏【せいか】

11―13世紀にチベット系のタングートが建てた国。夏とも。その王室は,もと拓跋(たくばつ)氏黄巣(こうそう)の乱の討伐に功績があり,唐朝から李姓を与えられた。
→関連項目カラ・ホト西夏語大夏中華人民共和国チンギス・ハーン

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世界大百科事典 第2版の解説

せいか【西夏 Xī xià】

11~13世紀にかけてタングート族が築いた国家。中国の西北部,寧夏,甘粛,オルドス,陝西の諸地域を領有した。
[概観]
 唐・五代にわたり,中国西北辺境で発展を重ねたタングート族は,宋初に入って夏州李氏の間に内訌の続いた結果,定難軍節度使,李継捧(?‐1004)は所管の夏・銀・綏(すい)・宥(ゆう)4州を宋に献じたが,これに反対する族弟,李継遷(963‐1004)は宋への抗戦を始め,しだいに故地を回復し,1002年(咸平5)には西北の要衝,霊州を陥れ,西平府と改称してここへ移り,河西方面への突破口を開こうとした。

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大辞林 第三版の解説

せいか【西夏】

中国北西部(今のオルドス地方・甘粛省)にチベット系のタングート(党項)族が建てた国(1038~1227)。李元昊りげんこうは皇帝を称し、国号を大夏とした。のちチンギス-ハンに滅ぼされた。東西交易の利を得て繁栄し、また独特の西夏文字を作った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西夏
せいか

中国の西北地域(いまの甘粛(かんしゅく)・オルドス地方)に、1032年からチンギス・ハンに滅ぼされる1227年まで、ほぼ200年間続いたタングート人の国家。李継遷(りけいせん)、徳明(とくめい)を経て、李元昊(りげんこう)の時代に大夏(たいか)皇帝と称し、宋(そう)の支配から完全に離脱して、当時の夏州、銀州など10数州にわたる地域を領有し、東は宋、北は契丹(きったん)(遼(りょう))、西はウイグル、南はチベットに接する西夏王国が建設された。公用語を西夏語、公用文字を西夏文字と定めた。西夏文字は1036年に公布され、以後400年余り使われた。漢字を擬してつくられ、独特の形態と複雑な構成法をもっていて、全体で6000を大きく上回る文字がある。いまは大部分の発音と意味がわかっている。刻字司(印刷局)は、文字普及のため、単語集や音韻組織を整理した韻書など多くの書物を刊行した。
 西夏は東西交通の要路にあたり、貿易の利益を独占した。国土は農耕地域と遊牧地域に大別され、牧畜と農耕を主要産業として、塩池の産塩も重要産物の一つであった。建国当初は宋の官制を模倣したが、しだいに独自の体制をつくりあげた。西夏語で書かれた法典『天盛旧改新定禁令』(1149)、『(光定壬申(じんしん))新法』(1212)、『猪年(ちょねん)新法』(1215)が残っている。官職は、文官、武官ともに上司、中司、下司の3階級に分けられた。郡県制度ははっきりしないが、4府、11州、7郡、6県、8鎮(ちん)の名が西夏文の記録にある。一般には、ボン教と通じる土着宗教が浸透していたが、上層部では儒教が崇(あが)められ、『論語』『孟子(もうし)』なども西夏語に訳されている。仏教も栄え、政府は、和尚(おしょう)功徳司、出家功徳司といった役所を設けて、仏教の隆盛を援助した。寺院や塔が各地に建立され、チベット風の仏教美術絵画がハラ・ホトや敦煌(とんこう)で発見されている。多種類の経典が漢訳やチベット訳から西夏語に翻訳され、禅籍も『禅源諸詮(せん)集都序』をはじめ、少なからず西夏文になっている。文学では『新集金砕掌置文(きんすいしょうちぶん)』『新集錦合道理』などの創作が残っている。[西田龍雄]
『西田龍雄著『西夏文字』(1980・玉川大学出版部)』

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世界大百科事典内の西夏の言及

【西夏文字】より

西夏国(1032‐1227)の国定文字として,1036年に公布され,西夏国滅亡後も使われていた文字。西夏語の表記に用いられた。…

【宋】より

…そのころ西北辺にはタングート族が興起し,東西貿易の利を占めて強大となり,1038年(天授礼法延祚1)ついに独立して大夏国を建てた。宋側はこれを西夏とよんだ。西夏もまたしばしば宋の領内に侵入したので,仁宗は大軍を派遣して,4年間もこれと戦ったが,勝利をおさめることができなかった。…

【李元昊】より

…中国,西夏第1代の皇帝。諡(おくりな)は武烈。…

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