エリトリア人民解放戦線(読み)エリトリアじんみんかいほうせんせん(その他表記)Eritrean People's Liberation Front; EPLF

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「エリトリア人民解放戦線」の意味・わかりやすい解説

エリトリア人民解放戦線
エリトリアじんみんかいほうせんせん
Eritrean People's Liberation Front; EPLF

1970年にエリトリア解放戦線 (ELF) から分離して創設され,マルクス・レーニン主義を標榜した解放組織。エリトリアは 52年にエチオピアに連邦化され 62年以降直接的支配を強く受けるようになった。以来エリトリア人の抵抗は激化し,ELFよりも急進的な EPLFが勢力を拡大した。その後エチオピア軍との激しい交戦が続き,89年にはティグレ人民解放戦線 (TPLF) と連携し攻勢を強めた。 90年に入り,EPLFがエリトリアの 85%を支配下に治めるなかエチオピア側との和平が進められた。 91年5月メンギスツ政権が打倒されたことを受け,国連監視下の住民投票によるエリトリアの独立が 93年5月に実現した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む