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コソボの地位交渉 こそぼのちいこうしょうKosovo Status Talks

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コソボの地位交渉

コソボの独立を認めるのか、セルビア共和国の自治州としてとどめるのかを決定するためのセルビア交渉団とコソボ交渉団との直接交渉。2006年2月、国連のコソボ地位交渉特使アハティサーリを議長として、ウィーンで交渉が開始された。実務者間の交渉は地方分権、難民・避難民の帰還、宗教・文化施設の保護、経済問題に関して、7月まで断続的に5回行われた。7月24日には、セルビア政府首脳とコソボ政府首脳との直接交渉が実現したが、独立しか選択肢を持たないコソボ政府と独立以外の妥協を提示するセルビア政府との溝は深い。8月には、実務者による第6次交渉が再開され、06年末までに最終的地位が決定される予定。コソボは1999年6月の和平成立以後、国連コソボ暫定行政支援団(UNMIK)のもとで、ユーゴ(現在はセルビア)の主権と領土的一体性を認めた安保理決議1244に基づき、実質的な自治の確立が目指された。01年と04年に議会選挙が実施され、暫定自治政府機構(PISG、大統領と政府と議会)も成立した。しかし、和平後の20万人におよぶセルビア人とロマ難民の帰還は進まなかった。コソボのセルビア人は居住を北部に限定され、その他の地域ではNATO主体の国際部隊(KFOR)の保護を受けながら、飛び地状に暮らしている。UNMIKはコソボ政府とセルビア政府との交渉を継続しながら、暫定自治政府機構の統治能力の向上を促し、その後、コソボの最終的地位に関する結論を出す立場をとった。05年10月、暫定自治政府機構の統治能力が水準に達している旨の報告書が安全保障理事会に提出され承認されて以後、地位交渉が準備された。この過程で、06年1月21日、「バルカンガンジー」と称されたイブラヒム・ルゴバ大統領が死去し、ファトミル・セイディウが後任に選出された。なお、UNMIKのイェッセン・ペーターセン特別代表は06年6月、任期半ばで辞任し、8月にドイツ人外交官リュッカーが後任となった。

(柴宜弘 東京大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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