日本大百科全書(ニッポニカ) 「難民」の意味・わかりやすい解説
難民
なんみん
refugee
難民とは、広義には、なんらかの理由で居場所を追われた人々をさす。戦禍から逃れるために移動せざるをえない者が取り上げられることが多いが、自然災害や飢饉(ききん)、経済的苦境のため居住地外に逃れる者も含まれる。そのうち、後述する難民条約による保護を受ける者のことを条約難民とよぶ。
「難民」に伴う語感やイメージから、生活圏内では日常生活に必要な買い物ができない「買い物難民」や、生活圏内では病院へのアクセスがむずかしい「医療難民」など、個人が不安定・困難な状況におかれていることをさして「難民」ということばが用いられることがあるが、この項目で取り上げる「難民refugee」は、このような意味の「難民」とは区別される。
[坂東雄介 2022年11月17日]
難民の歴史
広義の「難民」の古い事例として、イギリスのスチュアート朝の迫害を受けて「新大陸」に移住したピューリタン(清教徒)や、フランス革命の際に革命政府への忠誠を拒否し、外国に逃れた者の例などがある。
現在の難民保護制度は、ロシア革命により生じた難民を救済するために、1921年に国際連盟がノルウェーの北極探検家ナンセンを難民高等弁務官に任命したことに端を発する。ナンセンは「ナンセン・パスポート」とよばれる旅行・身分証明書を発行し、難民が他国で生活することを可能にした。
第一次世界大戦、第二次世界大戦時に難民が流出する事態が生じるたびに個別に対応するための新たな機関が設置されたが1939年に統合され、国際連盟統一難民高等弁務官がおかれた。第二次世界大戦後、国際連合(国連)のもとに、1948年、国際難民機関(IRO)が設立、1951年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に改組され現在に至る。UNHCRは実際に生じた広義の難民を保護する活動のほか、難民が生み出される事態を予防する活動も行っている。
[坂東雄介 2022年11月17日]
難民条約・議定書
1948年に採択された「世界人権宣言」14条では、迫害からの庇護(ひご)を他国に求め、享受する権利を定め、1967年「庇護権に関する宣言」ではこれを再確認した。1951年に「難民の地位に関する条約」が採択されたが(1954年発効)、同条約は1951年1月1日以前の事件によって生じた難民を保護対象としており、おもにヨーロッパ諸国で生じた難民の保護を念頭においていた。しかし、条約採択後に生じた事件により難民となった者を保護するために、1967年に保護対象の時間的・地理的制限を撤廃する「難民の地位に関する議定書」が採択され発効した。
難民条約・議定書は、迫害のおそれのある国へ送還することの禁止(ノン・ルフールマンの原則、33条)、不法に入国したことを理由とする処罰の禁止(31条)、労働・社会保障(17~24条)など、難民と認定された者に対する処遇や権利を規定している。
[坂東雄介 2022年11月17日]
日本と難民
第二次世界大戦中のリトアニアでナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対して日本通過ビザを発給し、約6000人もの逃亡を実現させた杉原千畝(ちうね)もいるが、日本国内で難民問題に関心が高まったのは、1975年(昭和50)のベトナム戦争終結後に成立したインドシナ三国の新政権から逃れるために、ベトナム、ラオス、カンボジアからボートピープルとして流出したインドシナ難民が日本に到着したことを契機とする。1981年に日本は難民条約・議定書に加入し、それに伴い、従来の「出入国管理令」を「出入国管理及び難民認定法」に改正し、難民受入れ体制を整備した。
[坂東雄介 2022年11月17日]
難民条約・議定書の問題点
広義の「難民」に該当するが、難民条約・議定書によっては保護されない者もいる。たとえば、難民条約・議定書では国籍国の外にいる者を対象としているため、難民と同様の状況にあるが自国内にとどまる「国内避難民」は保護対象とはならない。また、特定個人に対する国籍国による積極的な迫害行為を要件としているため、武力紛争や治安に対する不安から逃れた者も保護対象にはならない。近年では自然災害や飢饉、経済的苦境のため居住地外に逃れる者も問題となっている。
これらの広義の「難民」ではあるが、難民条約・議定書の保護対象とはならない者を保護する仕組みとして、難民条約・議定書以外の国際人権規範(自由権規約など)が定めるノン・ルフールマンの原則に基づいて国際的保護の必要性が高いと判断された者を保護する「補完的保護制度」や、難民キャンプなどで一時的な庇護を受けた難民を、最初の庇護国から新たに受入れに合意した第三国へ移動させる「第三国定住制度」などが存在する。しかし、一般論として、これらの制度は、在留や就労資格などの点において保護内容が難民条約・議定書よりも十分ではないことが多く、制度の構築・整備が国際社会の課題となっている。
[坂東雄介 2022年11月17日]