ジ・エイト(読み)じえいと

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジ・エイト
じえいと
The Eight

20世紀初頭のアメリカにおける写実主義絵画運動。8名の画家が参加したところからこの名称があり、「アッシュ・キャン・スクール」(屑(くず)入れ派)ともよばれる。ヘンライを中心とするスローン、グラッケンズ、ラクス、シン(以上はフィラデルフィア出身)、デイビース、ローソン、プレンダーガストの8名は1908年2月、ニューヨークのマクベス画廊で第1回のグループ展を開いたが、これがジ・エイトの旗揚げとなった。彼らの目的は、サロン的なアカデミズムに支配された美術通念を告発することにあったから、当時の絵画では通常扱われることのない大都市の庶民の日常生活に焦点を絞り、率直な写実様式でそれを描いた。彼らの運動の意義は主題の選択の新しさにあり、絵画様式としての革新性はもっていないが、20世紀におけるアメリカン・リアリズムの展開に彼らが果たした役割は大きい。291ギャラリーに拠(よ)る前衛美術運動と並んで、20世紀アメリカ美術の出発を飾るものである。

[桑原住雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のジ・エイトの言及

【アメリカ美術】より

…世紀初頭には二つの革新運動がニューヨークに現れた。一つは1905年,写真家A.スティーグリッツによる〈291〉ギャラリー(ニューヨーク)の開設とそこを中心とした前衛美術の展開(マリンJohn Marin(1870‐1953),デミュスCharles Demuth(1883‐1935),G.オキーフ,ウェーバーMax Weber(1881‐1961)ら)であり,もう一つは08年以降のR.ヘンライを中心とする〈ジ・エイトThe Eight(8人組)〉グループの活動(スローンJohn Sloan(1871‐1951),ラクスGeorge Benjamin Luks(1867‐1933),デービスArthur Bowen Davies(1862‐1928)ら)である。前者は同時代パリのモダニズムを伝える窓口として,またアメリカの近代美術を育成する拠点として機能した。…

【国吉康雄】より

…10年ニューヨークに移住。苦学しながら〈ジ・エイト〉メンバーのヘンライの学校に通う。〈ジ・エイト〉は19世紀以来の田園風景を主題とした素朴な写実を打破しようとする革新的な運動で,アメリカ的な都市生活を描き,アーモリー・ショーとともに当時の画家たちに大きな影響をあたえた。…

【ヘンライ】より

…ペンシルベニア美術アカデミーを出たあとパリのアカデミー・ジュリアン,エコール・デ・ボザールで学び,1891年帰国。ベラスケス,F.ハルスなどの様式を折衷した人物画を中心に制作し,反アカデミズムと反モダニズムの立場から1908年に〈ジ・エイトThe Eight〉展を組織して新しい写実を提唱した。美術教育者としても大きな足跡を残し,S.デービス,E.ホッパー,国吉康雄らを育てた。…

※「ジ・エイト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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