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チャラカ・サンヒター Caraka‐saṃhitā

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世界大百科事典 第2版の解説

チャラカ・サンヒター【Caraka‐saṃhitā】

インド二大古典医学書の一つ。カニシカ王(2世紀)の侍医といわれるチャラカの名で呼ばれているが,チャラカ個人に帰すべき書物ではなく,北西インドの都タキシラを中心とするアートレーヤ学派の医学をまとめたものである。アートレーヤという伝説的医聖の教えをアグニベーシャが編纂したものであり,チャラカは改編者の一人である。現在に至るまでインド古典医学(アーユル・ベーダ)の基本聖典になっている。その教えの根本はバータ(体風),ピッタ(胆汁),カパ(粘液)の3要素の平衡を保つことであり,徹底して内科的治療法を説く。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のチャラカ・サンヒターの言及

【アラビア医学】より

…一方,インドの医書もサンスクリット語から直接に,または中世ペルシア語(パフラビー語)訳からアラビア語に訳出されたものがあった。たとえば《チャラカ・サンヒター》という医学全書は,ペルシア語訳からアラビア語に重訳されたし,400年ころのスシュルタの《スシュルタ・サンヒター》はインドの医者マンカによって,アッバース朝の初期にアラビア語に訳されたが,同じマンカは《シャーナークShānāqの毒物書》をも訳した。シャーナークはマウリヤ王朝のチャンドラグプタ王の大臣チャーナキヤ(カウティリヤ)のことで,前4世紀の人であったという。…

【医者】より

…北西部のタキシラには内科的治療を専門とするアートレーヤĀtreya学派が,東部のベナレスでは外科的治療も取り入れたダンバンタリDhanvantari学派が活動していた。前者はとくに医者の倫理を重んじ,その綱要書《チャラカ・サンヒター》には,すぐれた医師を見分ける方法,学習指導の方法,患者に接すべき態度などをこまかく規定し,他の医者との議論を奨励し,論争法も述べている。医者になるための学問に入門を許されるのは原則として上位3カーストに限られていた。…

【インド医学】より

…両者には地域性による相違もあるが,著しいのは前者が徹頭徹尾内科的療法を行うのに対し,後者は多くの外科的療法を採用していることである。アートレーヤ学派には6種の綱要書が存在していたといわれるが,完全な形で現在まで伝えられているのは《チャラカ・サンヒター》のみである。この書の著者というより改編者であるチャラカはカニシカ王の宮廷医であったといわれる。…

【仏教医学】より

…医学的記事が最も多く見いだされるのは三蔵のうちの〈律蔵〉であり,出家者の日常生活の規定の一部として医事・薬事が詳しく語られている。これらは《チャラカ・サンヒター》や《スシュルタ・サンヒター》が成立する以前のインド医学を知るために貴重な資料となっている。また文化の伝導体としての仏教が,教典と教団を通じて,周辺諸国へ医学を普及させたという社会的役割も見のがすことはできない。…

※「チャラカ・サンヒター」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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