カニシカ(英語表記)Kaniṣka

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カニシカ
Kaniṣka

古代インド,クシャン朝の王。漢訳仏典の迦膩色迦。統治の年代には異説が多いが,130年頃の即位とする説が有力である。ガンダーラ地方のプルシャプラ (現ペシャワル) に都をおき,中央アジアから中部インドにいたる広大な領土を支配した。伝説によると仏教の大保護者として首都に仏塔や寺院を建て,仏典結集 (部派仏教の説一切有部) を援助し,馬鳴 (アシュバゴーシャ) を招いて厚遇したという。しかし貨幣に刻まれた神像や神殿遺跡からみると,カニシカの一族は主としてイラン系の神々を信仰していたらしい。東西貿易の要衝を占め,東西文化が交流したガンダーラ地方で,彼の時代に大乗仏教が発達し,仏教美術が栄えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

カニシカ【Kaniṣka】

古代インド,クシャーナ朝最盛期の王。在位は一説によると130‐155年ころ。生没年不詳。即位年については,78年説,128年説,144年説など異説が多い。クシャーナ朝初期の両カドフィセース王とは家系を異にしていたらしいが,両王のあとを受けて領土を広げ,ガンダーラ地方を本拠とし中央アジアから中部インドに及ぶ大帝国を建設した。この王の治績は主として仏教の伝説のなかに伝えられている。それによると,王ははじめ仏法を軽視していたが,のちに熱心な仏教信者となり,首都プルシャプラ(現,ペシャーワル)の郊外に大塔を建て,またカシミールにおける仏典編集事業(いわゆる第4結集)を援助したという。

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大辞林 第三版の解説

カニシカ【Kaniska】

インドのクシャン朝の国王。二世紀頃在世。パキスタンのペシャワルに都しインド北部を中心に東西トルキスタンを領有して王朝の全盛期を現出。仏教を保護し、大塔の建立や仏典結集を行なったといわれる。迦膩色迦などと漢訳。

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世界大百科事典内のカニシカの言及

【クシャーナ朝】より

…両カドフィセースのあと,王家の交替があったらしい。新王家より出たカニシカ(カニシュカ)は,都をガンダーラ地方のプルシャプラ(現,ペシャーワル)に置き,中央アジアから中部インドに至る大帝国を統治した。彼はアショーカ王と並ぶ仏教の大保護者としても知られる。…

【梵鐘】より

鋳金【坪井 清足】
【伝説と民俗】
 梵鐘の響きは,衆生を迷夢からさまし,仏道に帰依させ,極楽へ往生させると説かれた。インドのカニシカ王は,生前貪欲で無道であったため,死後千の頭をもつ魚とされた。千の頭は回転する剣で次々と斬られ,あとに生じた頭もまた斬り落とされる苦痛の中にあった。…

【馬鳴】より

…弁舌をよくする布教家であったので弁才比丘とも呼ばれ,文学,音楽にも通じていた。カニシカ王(在位128‐153)の宗教顧問になってからは,王とともに月支国に行き,仏教をひろめ,功徳日(くどくにち)と敬称された。また,のちのグプタ朝において進められた仏典のサンスクリット語化の先駆者として,カービヤ(宮廷詩)調による釈迦の伝記《ブッダチャリタBuddhacarita》(漢訳名《仏所行讃》)を作った。…

※「カニシカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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