バーソロミュー(その他表記)Bartholomew

翻訳|Bartholomew

改訂新版 世界大百科事典 「バーソロミュー」の意味・わかりやすい解説

バーソロミュー
Bartholomew

イギリススコットランド地図学者の家系およびよく知られた地図製作所の名。ジョージ・バーソロミューGeorge Bartholomew(生没年不明)により1797年に創立された。初代ジョージの息子ジョンJohn B.(1831-93)はA.H.ペーターマンの弟子で,イギリスの官製地図を小縮尺化して印刷することで事業の基礎を培った。その子,3代目のジョン・ジョージJohn George B.(1860-1920)は,《Comparative Atlas》《Atlas of Scotland》(ともに1895),全5巻で企画された《Physical Atlas》のうちの第3巻《Atlas of Meteorology》(1899),第5巻《Atlas of Zoogeography》(1911)などを出版した。4代目のジョンJohn B.(1890-1962)は地理学者でもあり,《The Times Atlas of the World》(初版1922)を作成。5代目の当主ジョン・クリストファーJohn Christopher B.(1923- )とともに1955年以来その編集および改訂に力を注いだ。また作成された種々の地図には代々受け継がれてきた研究,技術が生かされ,質の高いものとなっており王立地理学協会からメダル2度受けている。所在地エジンバラ世界における地図製作の中心地の一つである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

関連語 野村

世界大百科事典(旧版)内のバーソロミューの言及

【自然誌】より

…イスラム圏では,10世紀末に〈純潔兄弟団(イフワーン・アッサファー)〉と呼ばれる秘密結社の知識人集団が自然誌《純潔兄弟の学(ラサーイル・イフワーン・アッサファー)》を著したが,さらに膨大で影響力の大きかったのは11世紀のイブン・シーナーで,彼の自然誌は《治癒の書》と題された18巻の大著である。12世紀以後ヨーロッパでも自然誌への関心が高まり,プリニウスの抜粋本が多くつくられたほか,13世紀に入ってバーソロミューBartholomewの《事物の特性について》,ザクセンのアルノルトArnold von Sachsenの《自然の限界について》,カンタンプレのトマThomas de Cantimpréの《自然について》,バンサン・ド・ボーベの《自然の鏡》,アルベルトゥス・マグヌスの《被造物大全》など多くの自然誌を生んだ。この傾向はルネサンス時代にさらに進み,いわゆる〈地理上の発見〉によって珍しい動植物がヨーロッパにもたらされたうえ,印刷技術が進んだので各種の図譜が刊行され,ついに16世紀にゲスナーやアルドロバンディによって正確で網羅的な自然誌が出された。…

※「バーソロミュー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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