パフレヴィー朝(読み)パフレヴィーちょう(その他表記)Pahlevī

旺文社世界史事典 三訂版 「パフレヴィー朝」の解説

パフレヴィー朝
パフレヴィーちょう
Pahlevī

カージャール朝に代わって1925年に成立し,79年のイスラーム革命までイラン王国を統治した王朝
レザー=ハーンによって創設。1935年,国号を正式にイランと定めた。その後石油国有化問題からモサデグ政権を倒し,1960年代は白色革命と呼ばれる上からの近代化が行われた。しかし,1979年,ホメイニ率いるイスラーム革命により崩壊した。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む