旺文社世界史事典 三訂版 「パフレヴィー朝」の解説
パフレヴィー朝
パフレヴィーちょう
Pahlevī
レザー=ハーンによって創設。1935年,国号を正式にイランと定めた。その後石油国有化問題からモサデグ政権を倒し,1960年代は白色革命と呼ばれる上からの近代化が行われた。しかし,1979年,ホメイニ率いるイスラーム革命により崩壊した。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...