旺文社世界史事典 三訂版 「パフレヴィー朝」の解説
パフレヴィー朝
パフレヴィーちょう
Pahlevī
レザー=ハーンによって創設。1935年,国号を正式にイランと定めた。その後石油国有化問題からモサデグ政権を倒し,1960年代は白色革命と呼ばれる上からの近代化が行われた。しかし,1979年,ホメイニ率いるイスラーム革命により崩壊した。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...