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ピュドナの戦 ピュドナのたたかい

世界大百科事典 第2版の解説

ピュドナのたたかい【ピュドナの戦】

マケドニア南部,エーゲ海沿岸のピュドナPydnaで,前168年,アエミリウス・パウルスの率いるローマ軍と,マケドニア王ペルセウスPerseusとの間に戦われた戦争。敗れたペルセウスはサモトラケ島に逃れたが捕らえられた。この戦いで第3次マケドニア戦争の勝利はローマに帰し,マケドニア王家による北部ギリシアの支配は終了した。この戦い以降,ローマの地中海世界に対する支配が完成したといわれる。【田村 孝】

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世界大百科事典内のピュドナの戦の言及

【アエミリウス・パウルス】より

…ヒスパニア,リグリア鎮圧に功を挙げ,前168年コンスル(執政官)として第3次マケドニア戦争を指揮。ペルセウス王をピュドナの戦に破り,ローマの東方支配を決定づけた。エピルス地方のモロシ族国家全住民の奴隷化(約15万人)を含む戦後処理の後,凱旋。…

【ローマ】より

…この戦争でローマは初めてアシア(小アジア)に軍を進めたが,戦後処理においては領土的関心を示さず,シリアの領有した小アジアの領土はすべてペルガモンとロドスに与えられた。 次のマケドニア王ペルセウスの挑戦にこたえて,ローマは第3次マケドニア戦争(前171‐前167)に入り,ピュドナの戦(前168)に勝利した。戦後処理においてローマの政策は一転して硬化し,マケドニア側についた諸都市に課税し,なかでもアカイア同盟から1000人の人質をローマに送らせ,エペイロスでは15万人の住民を奴隷とし,さらに,起こった抵抗運動を鎮圧して,前147年マケドニアを属州とし,前146年コリントスを完全破壊し,全住民を奴隷に売った。…

※「ピュドナの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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