…メリメやゴーゴリの吸血鬼は,なお土俗的世界にとどまったが,1816年夏ジュネーブ湖畔でシェリーらが恐怖物語の創作を競い合った際に,M.シェリーの《フランケンシュタイン》とともに生まれたバイロンの未完成作《断片》,およびポリドリJohn William Polidori(1795‐1821)の《吸血鬼》(1819)といった作品を伴って,吸血鬼はしだいに近代市民社会の内部に忍び寄ってくる。ライマーMalcolm Rymer(1814‐84)の作とされる《吸血鬼バーニ》(1847)はその後の代表作だが,さらに19世紀末には,破滅的な性的誘惑のメタファーたる〈残酷な美女〉〈宿命の女(ファム・ファタル)〉として,女吸血鬼のイメージがしきりに出現した。男たらし,妖婦をバンプvamp(バンパイアの略)と呼びならわすゆえんである。…
…膨大な美的イメージの貯蔵庫が実現したわけで,世紀末は複製技術時代の到来にひとしく,このとき世界は初めてコピー文化に立ち入ったとみなせるのである。とともに世紀末の芸術が文学ともども,神話的なイメージを借りてファム・ファタルfemme fatale(宿命の女)としての女性観をモティーフとし,エロスの表象,性愛や堕罪のテーマを象徴主義の手法で描き出そうとしたことを忘れてはならない。それは19世紀ブルジョア社会の形成につかず離れず従ってきた偽善的な市民モラルと対立する。…
…世界映画史上,デンマークはまず,接吻とバンプvampを生んだ国として知られ,次いでカール・ドライヤーという巨匠の名に値する大監督を生んだ国として評価される。 1906年に世界で最初のメジャー(大手)の映画会社の一つ,ノルディスク社がオーレ・オルセンによって創立され,10年代には早くも最初の黄金時代を迎える。アウグスト・ブロムAugust Blom,ウアバン・ガーズUrban Gadといった監督による姦通と犯罪の社交界メロドラマが〈妖婦(バンプ)と接吻という二つの欠くべからざる要素〉を映画にもたらし,世界中で大成功を収めた(ジョルジュ・サドール《世界映画史》によれば〈唇と唇が長々と官能的に触れ合い,恍惚となった女性は顔を後ろにのけぞらせた〉ので世界中でスキャンダルになるというほどの反響だったという)。…
…このような誘惑者としての人魚像は,19世紀末から20世紀にかけ,E.C.バーン・ジョーンズやF.vonシュトゥックやG.クリムトらによっても表現されている。そこでは彼女たちは,男を破滅させる〈ファム・ファタルfemme fatale(宿命の女)〉である。(2)男の人魚=マーマンmerman トリトンやポセイドン(ネプトゥヌス)のような海の神族として描かれるほか,おそらくスカンジナビアのアザラシ伝説から生じたらしい〈海の修道士sea‐monk〉や〈海の司教sea‐bishop〉の姿でも図像化される。…
※「ファムファタル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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