翻訳|Carmen
メリメの中編小説。1845年刊。伍長ドン・ホセは女工カルメンに魅せられ,ついには密輸業者に身を落とす。彼女の情夫と渡り合って殺すことまでしたものの,カルメンはほどなく闘牛士ルカスに心を移した。復縁を迫るホセをはねつけた彼女は,予期していたかのように,ホセの刃に倒れる。占いを信ずる彼女は,ホセの手にかかって死ぬと確信していたのである。以上は第3章のホセの懺悔話の内容で,先立つ2章は話者と主人公たちのめぐりあいの次第を物語り,最終章は本筋と無関係のジプシー談義に終始する。作者の愛用した〈枠物語〉の典型であり,淡々と悲劇を語る乾いた文体と全体の結構の妙によってメリメの創作活動の頂点をなすが,これ以降作者の小説への意欲はとみに衰えた。主人公はともに宿命的情熱の犠牲者,作者の偏愛するアウトローだが,原型はモンティホ伯夫人から聞いたあるやくざの情婦殺害事件にある。奔放なジプシー女カルメンは,いわば近代人の枠外に設定された人物で,ロマン派好みの異国趣味を背景に,作者の多年のスペインへの傾倒から析出した結晶といえよう。
執筆者:冨永 明夫
メリメの小説にビゼーが1873-74年に作曲した4幕のオペラ。パリのオペラ・コミック劇場の依頼による。台本はアレビL.HalévyとメイヤックH.Meilhacの合作。無道徳な社会的落伍者たちを主人公とする内容は,淡い感傷や愉悦に馴れきっていた当時の聴衆には受け入れ難く,75年3月のパリ初演は不成功に終わり,ビゼーは失意のうちに3ヵ月後に世を去るが,友人ギローによって科白(せりふ)の部分をレチタティーボに変えたグランド・オペラ様式の初演が同年10月ウィーンで行われ,圧倒的成功を収めて一躍フランス国民歌劇の代表作となり,同時にイタリア・ベリズモ・オペラ到来の起爆剤ともなった。殺伐な題材を嫌った劇場側との妥協のため,原作の味は生かしながら,ホセの許婚者として純情可憐なミカエラがつくりだされるなど,全体に性格は弱められている。音楽的にはオペラ・コミックの伝統的手法を重んじながら,卑俗に流れることを避け,スペイン音楽の特色やドイツ,イタリアのオペラの長所も取り入れている。色彩感あふれる音楽は,登場人物の個性や感情を端的に表現しており,構成の妙と巧みな管弦楽法とに加え,主題の暗示的な循環使用によって,劇的効果をいっそう強く盛り上げている。日本初演は1919年ロシア歌劇団による。各幕の前奏曲のほか,カルメンの歌う《ハバネラ》《セギディーリャ》《ジプシーの歌》《カルタの歌》,ホセの《花の歌》,エスカミーリョの《闘牛士の歌》,ミカエラのアリアなどの名曲が多い。
執筆者:武石 英夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランスの作家メリメの中編小説。1845年刊。衛兵伍長(ごちょう)ドン・ホセは、セビーリャの煙草(たばこ)工場の女工カルメンの魅力のとりことなり、彼女の手引きで密輸業者の群れに身を投ずる。彼女の情夫と渡り合って相手を殺すはめにまで落ちたものの、奔放なトルソ人カルメンは、まもなく闘牛士ルカスに心を移す。アメリカで新生活を始めようと迫るホセに手ひどい拒絶を投げつけた彼女は、予期していたかのようにホセの刃(やいば)にかかって死ぬ。占いの告げるところを彼女は信じていたのである。以上は第3章のホセの懺悔(ざんげ)話の内容で、第1章および第2章は、それぞれ話者とカルメン、話者とホセの邂逅(かいこう)の次第を物語り、最終章は筋と関係のないジプシー談義に終始する。メリメの愛用した額縁つき物語の典型である。抑えようもなく暴走する情熱、運命との抗争としかいいようのないアウトローたちの行動とその必然的破局を、例によって異国趣味とペダントリーの彩りを添えつつ、抑制のきいた筆でメリメは描破する。構成の巧みさと相まって、作者の代表作とするに足りよう。
[冨永明夫]
ジョルジュ・ビゼーが、メイヤックとアレビーの台本により作曲。1875年、パリのオペラ・コミック座初演。のち正歌劇に改作(同年ウィーン初演)。音楽は原作の内容に即してスペイン民謡を大幅に取り入れ、実に地方色の強いものとなっている。カルメンの歌う「ハバネラ」などはそのよい例であり、民族音楽のもつ活力を芸術音楽に注ぎ込もうと試み、それに成功した点で、この作品はムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』と双璧(そうへき)をなしているといえよう。当時の慣習に従って、アリアやデュエットなどがそれぞれ独立した「番号オペラ」の形式をとり、フランス・オペラの伝統的な手法を受け継いではいるが、創意あふれる旋律、明晰(めいせき)なオーケストレーション、そして鮮やかな劇的効果には、名曲のみがもつ一回性が感じられる。日本初演は1919年(大正8)ロシア歌劇団による。
[三宅幸夫]
『杉捷夫訳『カルメン』(岩波文庫)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…《第2組曲》はギロー編曲)も称賛を博した。 彼の代表作であるオペラ《カルメン》(1874)は,75年に初演されたが,聴衆の理解を得られず,不成功に終わった。しかしこのオペラは,彼が若くして世を去った数ヵ月後にウィーンで上演され大成功をおさめて以来,今日まで世界中のオペラ劇場の重要なレパートリーの一つとなっている。…
…とくにジプシーについての権威とみられ,《ジンカリ――スペインのジプシー》(1841),《スペインの聖書》(1843),《ラベングロー》(1851)などが知られている。メリメの小説《カルメン》の中でも彼の名が登場する。【小池 滋】。…
※「カルメン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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