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ルガルザゲシ ルガルザゲシLugalzaggesi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルガルザゲシ
ルガルザゲシ
Lugalzaggesi

バビロニアウルク第3王朝の王 (在位前 2375頃~2350頃) 。ユーフラテス川沿いのシュメール都市ウンマエンシであったが,ラガシュウル=カ=ギナを滅ぼし,やがてウルクの王となり,キシュの王を倒してシュメール,アッカド全土を支配下に置き,地中海沿岸からペルシア湾沿岸まで領土を拡張した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典内のルガルザゲシの言及

【ウルカギナ】より

…史上最初の社会改革者,立法者。7年の成功した治世の後,隣接都市ウンマの支配者でのちにウルク王となってシュメール,アッカド地方を平定したルガルザゲシに敗れた。王の治世はいわゆる〈改革碑文〉などの王碑文のほか,首都ギルスのバウ(ババ)女神をいただく組織の経営に関して,多数の行政・経済文書を残した。…

【サルゴン】より

…アッカド語およびシュメール語で書かれた少数の現存の王碑文,およびその古バビロニア時代の多数の写し(おもにニップール出土)によって,その治績の概略を知ることができる。サルゴンはキシュの北方に直属のアッカド人を率いて,新都市アガデ(その遺跡は未確定)を造営してその王となり,やがてウルク,ウル,ラガシュ,ウンマなどのシュメール諸都市軍を34度にわたって討ち,その盟主ウルクのルガルザゲシを,彼に従う50人の小王や服属支配者(エンシ)ともども捕らえた。そして地中海沿岸までの支配権を主張していたルガルザゲシに枷(かせ)をはめてニップールのエンリル神殿の門に伴い,以後〈キシュの王〉〈国土(シュメール・アッカド)の王〉を称した。…

【メソポタミア】より

…王朝の5支配者に続いて3支配者が多くの政治的碑文を残している。最後のウルカギナ(ウルイニムギナ)はウンマのルガルザゲシに敗北した。ルガルザゲシはウルク王になるとともに他都市をも軍事占領し,ここにシュメール都市国家時代が終わるが,のちルガルザゲシはセム系アッカドのサルゴンに敗れた(前24世紀中葉)。…

※「ルガルザゲシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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