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ルプランス・ド・ボーモン夫人 ルプランスドボーモンふじん Jeanne Marie Leprince de Beaumont

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世界大百科事典 第2版の解説

ルプランスドボーモンふじん【ルプランス・ド・ボーモン夫人 Jeanne Marie Leprince de Beaumont】

1711‐80
フランスの童話作家。ボーモンとの不幸な結婚を解消したあと,1745年に渡英,教師を務める一方で,主として児童文学の作品を発表して文名をあげ,62年に帰国すると自叙伝傾向の強い《バットビル男爵夫人の回想》(1776)などを著す。生涯に刊行した作品は70冊にも及ぶ。ボーモン夫人は児童文学の執筆に際し,〈幼い魂の優しさにつりあった,すなおな文体〉を志した。今日からみると自然らしさより,ぎごちなさを感じさせる文体で教訓臭が強いが,18世紀に児童文学の読者を増やした功績は認めなければならない。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のルプランス・ド・ボーモン夫人の言及

【サロン】より

… 19世紀初頭フランスで再開されたサロンは,社会状況の変化のため影響力は減少したが,スイスのコペで開かれたスタール夫人(ネッケルの娘)のサロンなどはさまざまな国籍の文化人を集めた国際色豊かなものであった。この時期にはなおタリアン夫人,シュアール夫人,ジャンリス夫人らのサロンもあり,文学的にはシャトーブリアンらが訪れたルプランス・ド・ボーモン夫人のサロン(1800‐03)が有名である。ロマン主義時代にはユゴーやノディエもサロンを開き,七月王政期にはジラルダン夫人のそれも知られるが,最後の文学サロンといわれたのはレカミエ夫人dame Récamier(1777‐1849)のサロンである。…

※「ルプランス・ド・ボーモン夫人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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