万光寺跡(読み)まんこうじあと

日本歴史地名大系 「万光寺跡」の解説

万光寺跡
まんこうじあと

[現在地名]花園町黒田

黒田山万光寺と号する。本山派修験で京都聖護しようご院末寺。本尊は不動明王・神変大菩薩。開山などは不明であるが、退転していた幡羅はら奈良なら(現熊谷市)円蔵えんぞう坊再興を元空が願出て、慶長三年(一五九八)九月二六日聖護院門跡から許可され(「聖護院門跡御教書」黒田家文書)幡羅郡榛沢はんざわ郡内の五〇ヵ所の年行事職を勤めた(「円蔵坊霞郷村書立」同文書)。その後円蔵坊が黒田くろだ村に移り万光寺と改めた(同一四年五月一七日「聖護院門跡御教書」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む