万光寺(読み)ばんこうじ

日本歴史地名大系 「万光寺」の解説

万光寺
ばんこうじ

[現在地名]上矢作町 横道

清水山と号し曹洞宗。本尊十一面観音。寛永年間(一六二四―四四)土地の有力者藤野作左衛門正信は土地・建物を寄付し、徳翁秀用により正信寺が開かれ、承応年間(一六五二―五五)万光寺と改める。徳翁は門人秀悦に住職を譲り、明暦元年(一六五五)遠州に移った。以後六代を経て、宝暦年間(一七五一―六四)いわ盛巌せいがん(現岩村町)より海盤英屋を迎える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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