万喜村(読み)まんぎむら

日本歴史地名大系 「万喜村」の解説

万喜村
まんぎむら

[現在地名]夷隅町万木まんぎ

国吉苅谷くによしかりや村の北東、夷隅川右岸に位置する。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に万木村とみえ、高六一五石。慶長一六年(一六一一)と推定される万喜原新田開発掟書(古金家文書、県指定文化財)によれば、年貢・諸役とも田畑の新規開発ののち三ヵ年間免除とすることなどが取決められている。正保国絵図には万喜とみえ、高六一四石。寛文四年(一六六四)の阿部正春領知目録(寛文朱印留)に万花村とみえ、武蔵国岩槻藩領。元禄郷帳では高八二二石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では万木村とあり、家数一二三、旗本服部・筧領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む