万雄寺跡(読み)ばんのうじあと

日本歴史地名大系 「万雄寺跡」の解説

万雄寺跡
ばんのうじあと

[現在地名]秋田市下北手桜

さくらの集落東方の山林に曹洞宗桜田山万雄寺があった。開山天徳てんとく寺一一世外鑑察。開基佐竹氏の重臣梅津半右衛門忠国。父憲忠菩提のため寛永八年(一六三一)建立、梅津氏代々の菩提所。

出羽国風土記」に「同家より寺領として仁井田村の内にて高五十石を寄附、憲忠は佐竹の家老と成りて藩主補佐、政務勤労の功を以て家禄五千石を領す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 知行地 功績

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む