万雄寺跡(読み)ばんのうじあと

日本歴史地名大系 「万雄寺跡」の解説

万雄寺跡
ばんのうじあと

[現在地名]秋田市下北手桜

さくらの集落東方の山林に曹洞宗桜田山万雄寺があった。開山天徳てんとく寺一一世外鑑察。開基佐竹氏の重臣梅津半右衛門忠国。父憲忠菩提のため寛永八年(一六三一)建立、梅津氏代々の菩提所。

出羽国風土記」に「同家より寺領として仁井田村の内にて高五十石を寄附、憲忠は佐竹の家老と成りて藩主補佐、政務勤労の功を以て家禄五千石を領す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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