三ッ本村(読み)みつもとむら

日本歴史地名大系 「三ッ本村」の解説

三ッ本村
みつもとむら

[現在地名]江南町三本(みつもと)・上新田(かみしんでん)・中央(ちゆうおう)

荒川右岸の沖積扇状地の氾濫原に位置し、東は成沢(なりさわ)村・春野原(しゆんのはら)村、西は男衾(おぶすま)郡本田(ほんだ)村(現川本町)、北は押切(おしきり)村。慶長三年(一五九八)四月の伊奈忠次知行書立(田中家文書)によると、鉢形(はちがた)城(現寄居町)付近の知行地の収公に伴い、「三ツ本」の四〇八石余など計一千五三〇石余が替地として武川衆に与えられている。田園簿では田方四三二石余・畑方七六石余、旗本安藤領三七〇石余・同永見領一三八石余。元禄郷帳・国立史料館本元禄郷帳では高五二〇石余、旗本永見・米津の二家の相給(幕末に至る)で駒形(こまがた)大明神社領を含むが、米津領は安藤領三七〇石余を継承している(改革組合取調書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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