日本歴史地名大系 「三ッ村」の解説 三ッ村みつむら 石川県:加賀市三ッ村[現在地名]加賀市大聖寺三ッ町(だいしようじみつまち)大聖寺川下流左岸に位置し、上流は荻生(おぎゆう)村。延徳三年(一四九一)三月一〇日、朝五つ過ぎに越前金津(かなづ)(現福井県金津町)をたった冷泉為広は、吉崎(よしざき)・橘(たちばな)を経て「ミツ村」を通り、荻生で昼休みをしている(越後下向日記)。正保郷帳によると高三六五石余、田方一二町六反余・畑方一二町五反余、物成高一二九石余。「江沼志稿」では高三七二石余、小物成は山役二一匁、家数二八・人数七七、馬三。藩主在城の年には新穀を献上する習わしで、他村より一〇日ほど早く収穫したとある。かつて大聖寺川に架かる橋のあたりに休憩所の御亭と駒寄があり、御亭はのちに城下の松島(まつしま)船番所となった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by