三会町(読み)みえまち

日本歴史地名大系 「三会町」の解説

三会町
みえまち

[現在地名]島原市上(うえ)の町(まち)

島原城の北東、有馬(ありま)町の北西に位置する。町名は三会村の住民が移住したことに由来するとされる。元和三年(一六一七)のイエズス会管区長宛のキリシタン連判書付にみえる「三会町」は城下ではなく、村方の三会村と考えられる。江戸前期の島原城廻之絵図(熊本県立図書館蔵)に「三会町」とみえ、南の有馬町と同じく両側町で、西手は本丸方面にあたり、東は海に面する深浜で、北方は深田・畠が広がる。東手は島原入江に臨む。寛永一五年(一六三八)の島原町人数覚(島原の歴史藩制編)では三会本町が六七六人、三会今(みえいま)町が五〇一人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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