三十輻一轂を共にす(読み)さんじっぷくいっこくをともにす

故事成語を知る辞典 「三十輻一轂を共にす」の解説

三十輻一轂を共にす

無であることこそが有用である、という考え方を示すたとえ。

[由来] 「老子―一一」の一節から。「『三十輻、一轂を共にす(車輪の三〇本のスポークが集まった中心には、車軸を通すための穴が一つ、開いている)』。何もないその空間があるから、車輪は回転することができるのだ」とあります。いわゆる「無用の用」を説いたことばとして、有名。この章では、ほかにも、「器は中が空っぽだからこそ、ものを入れることができる」とか、「壁に戸や窓という空っぽの部分を開けないと、住居としては使えない」といったたとえを並べています。

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