空間(読み)クウカン(その他表記)space

翻訳|space

デジタル大辞泉 「空間」の意味・読み・例文・類語

くう‐かん【空間】

物体が存在しないで空いている所。また、あらゆる方向への広がり。「空間を利用する」「宇宙空間」「生活空間
哲学で、時間とともにあらゆる事象の根本的な存在形式。それ自体は全方向への無限の延長として表象される。→時間
数学で、理論で考える前提としての一つの定まった集合。その要素(元)を点とよぶ。普通は三次元のユークリッド空間をいう。
物理学で、物体が存在し、現象の起こる場所。古典物理学では三次元のユークリッド空間をさしたが、相対性理論により空間と時間との不可分な相関性が知られてからは四次元リーマン空間も導入された。
[類語](1スペース空き中天空洞空虚から空っぽがら空きがらんどううつろうろ虚空もぬけの殻

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精選版 日本国語大辞典 「空間」の意味・読み・例文・類語

くう‐かん【空間】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 物が何も存在しない、あいている所。また、上下四方の無限の広がり。〔改正増補和英語林集成(1886)〕
    1. [初出の実例]「広い空間で、絶えず各自に、且つ勝手に、動くからである」(出典:三四郎(1908)〈夏目漱石〉一二)
  3. 哲学で、時間とともに、物体を規定する基礎的な概念。物体のすべての中身を取り去った後に残される場所の総体。⇔時間
    1. [初出の実例]「空間(クウカン)〈略〉人の事物を知るには其の事物が空間に存在して長、広、厚を有すと云へる観念附随せざるは無し」(出典:教育・心理・論理術語詳解(1885))
    2. 「夢は時間や空間の拘束を受けないものであるから」(出典:金毘羅(1909)〈森鴎外〉)
  4. 初等数学で、三次元ユークリッド空間。高度の数学では、集合の同義語として、また、位相空間、n次元ユークリッド空間、確率空間などの略称として用いられる。
  5. 物理学で、物質が存在し、現象の起こる場所。

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改訂新版 世界大百科事典 「空間」の意味・わかりやすい解説

空間 (くうかん)
space

時間とともに,人間が自己および他者について認知し,語ろうとするときに登場する基本概念であって,通常はいっさいの事物の生起する舞台もしくは容器のごとき役割を果たしていると考えられる。時間をとめたとき,世界がそこにおいて存在するもの,といういい方もできよう。もちろん,このとらえ方自体,ある程度西欧的な哲学の伝統によりかかっており,例えば日本語における〈(ま)〉は,明らかに時間と空間の双方を含んだ概念であるが,もともと〈時間〉とか〈空間〉という日本語がそうした西欧的背景のなかで用いられる習慣がある以上,ここでもさしあたって西欧的な概念史を問題にする。

古代ギリシア文化圏で注目すべき空間論はデモクリトス,それにプラトンアリストテレスに見いだせよう。デモクリトスにおいては,空間は,完全な〈空虚mēon〉(すなわちいっさいの存在の否定)としてとらえられ,それはまた,存在としての原子(アトム)が運動するための余地であるとみなされた。古代ギリシアでは,こうした存在の否定としての空間概念はきわめて珍しく,事実プラトンもアリストテレスもデモクリトスへの激しい反感を隠していない。プラトンの場合は,現実の経験的な事物を〈仮象〉と考え,それが〈真象〉たるイデアの模写であるという立場をとるが,空間はその意味では仮象でも真象でもなく第三の概念であるとされる。すなわち空間はイデアと同じように変化せず永遠にその同一性を保つが,しかしそれ自体としてなんら固有の形式を有しないという点でイデアとは異なるのである。経験的事物はイデアを父とし,空間を母として生まれる子であるともいわれる。一方アリストテレスは,物体どうしの相互の関係として空間をとらえる立場を打ち出した。しかし,具体的・現実的な空間としては,ギリシアでは,すでに述べたように,存在の否定である空虚もしくは真空を否定していたから,つねに何ものかがこれを満たしていると考えていた。いずれにせよこうしたギリシアの空間への強い関心が,空間関係を扱う学問としての幾何学の発達を促したと考えることができる。

 他方宇宙全体の空間の構造についても,ギリシアでははっきりした概念があった。プラトンは,天体の世界と地上の世界とりわけ人体とを,マクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(小宇宙)として対応させたが,アリストテレス以降は,天上界と地上界(月下界)とは,原理的,価値的に区別された。前者は完全な世界,後者は不完全な世界であり,それが各天体を支える球の重層的構造をとりながら(その中心に地上界がある),閉鎖的な球的宇宙を構成する,と考えられた。こうした球的空間秩序は,キリスト教的な世界観と結び付いて,一つのコスモス像を造り上げ,例えば中世都市のような現実の空間にも反映されることになった。実際ヨーロッパの中世都市空間は,自然条件の許す限り,円形で,求心,離心の方向性が明確に定まっており,この閉鎖的な都市空間は,近代に入って鉄道,自動車道路のごとき新しい要素が生まれても,容易に壊れないほど強固なものとなった。さらに,こうした空間構造としてのコスモス像は,舞台芸術のような空間芸術にも影を落としている。ローマのコロセウムをはじめ,中世,あるいはルネサンス期の劇場の構造は,決してそうしたコスモス像と無関係ではない。もっともコペルニクスの太陽中心説は,結果としてこうしたコスモス像の破壊を導いた。不完全な地上界が,完全な天上界を貫通して回転するということは,整然たる静的秩序のなかにあったコスモスへの挑戦になった。ブルーノ以降,宇宙の無限性や世界の複数性を論ずる可能性が開かれたのも,コペルニクス説がきっかけだったといえよう。

 さて,近代初期に,ガリレイ,デカルトニュートンらの手で,運動の問題について,新しい理論体系が誕生するに伴って,その運動の生起する空間そのものに関しても,新しい展開が生じた。とりわけ空間解釈で重要なのはニュートンの〈絶対空間absolute space〉であろう。ただしニュートンの空間概念についてはやや誤解があって,絶対空間は完全に物理的な概念ではなく,むしろ,それ自体,神の〈感覚体sensorium〉のごときものだと理解されている(《光学》第2版)。それにしても,ニュートンにとって空間は,いかなる事物にも先立って存在し,いっさいの事物がそのなかで生起する〈容器〉のごとき概念として理解されていたことは確かであろう。デカルト的な三次元座標によって表現されるにしても,空間は三方向に一様に広がり,しかも,経験的事物とは無関係に存在するのである。その意味では,空間は,存在論的にいっさいの事物に先行するものであり,その点で〈絶対的〉でもあることになる。一方これに対して,アリストテレス的な関係論的解釈を洗練徹底し,ニュートンの絶対主義的な空間解釈と対立したのはライプニッツであった。ライプニッツは,事物の存在に存在論的に先立つ空間という考え方を否定し,事物の存在に伴って初めて現れるさまざまな関係(順序,位置など)がわれわれに空間という概念を与えるにすぎないと考えた。これを空間の関係主義的解釈と呼んでおこう。ニュートンの絶対主義とライプニッツの関係主義とは,その後も多くの追随者を生んで今日に至っているが,カントはいわば第三の道をとった。ニュートンが空間を存在論的にいっさいの事物に先行させ,ライプニッツが空間の存在論的身分を否定したのに対して,カントは空間を時間とともに,人間の認識の形式として,人間の側に求めた。認識が成立するとき,それはつねに時間と空間の形式の枠において,という条件があるのだ,とカントはいう。

 このような議論が空間の存在論上,認識論上の身分を問題にしている間に,19世紀に入るや物理学の世界で,新しい展開が起こった。電磁気学における〈〉の概念の成立がそれである。空間(少なくとも物理的な空間)は,それ自体ある物理的な性質を備えており,そのなかに存在する事物の振舞いに対して影響を与える,という理解がこの〈場〉の概念の中心にあった。言い換えれば,空間は単に事物を入れるいれもの,事物の生起する中立的な舞台ではなく,空間そのものがひずみをもち,機能をもつことになった。このような空間に対する新しい解釈は,その後心理学における〈生活空間〉,生物学における〈環境世界〉,あるいは文化人類学における〈文化空間〉など,他領域に及んでおり,人間の生きている空間が,時代,社会(共同体)によってさまざまなひずみをもっている,という基本的な認識は,現在広く共有されているといってよい。19世紀にもう一つ注目すべき事態が起こった。それは,空間関係を表現するための幾何学の多元性が認められたことである。空間関係は,ギリシア以来ユークリッドの幾何学によって一義的に記述されると考えられてきたが,19世紀に至って,非ユークリッド幾何学が出現して,空間関係の記述方法が幾通りもありうることが明らかになった。このことがのちに20世紀に入ってもう一つの空間概念の大きな変革を支えることになった。アインシュタインの手で生まれた相対性理論は,時間と空間との間のカテゴリカルな区別を取り除いたという意味で,やはり西欧的空間(時間)概念の歴史にとっては画期的なことだったといってよい。時間と空間は,独立の概念ではなくなり,相互に浸透し合った一つの連続体として理解されることになったからである。

 ところで,すでに述べたように,西欧のコスモス像は都市構造などに反映される強固な秩序概念を形成していたが,19世紀からようやく崩壊の兆しが見られた。現代建築や都市設計の基礎を築いたミース・ファン・デル・ローエに典型的なように,それ自体秩序と意味をもった空間構造から,均質で等方的な格子構造への移行が見られる。近代的高層ビルは,空間を均質な格子に分割することを土台にして造られており,こうした流れは,元来コスモス像の希薄な日本では,とりわけ第2次大戦後の〈開発〉の結果として顕著である。例えば庄屋,鎮守の森,神社,川,墓場などがゆるやかなコスモスを造り上げていた日本の農村空間は,機能だけを目的にした高速道路や新幹線が縦横に走ることによって蹂躙(じゆうりん)され,大黒柱,床の間,水屋,土間などによって形づくられていた家屋内の空間構造も,戦後は団地などの集合住宅だけでなく,一般家屋でも無視されるようになった。こうした事態は,社会的な階級構造の崩壊と表裏をなすが,その意味では空間の〈民主化〉という比喩が成り立つかもしれない。しかし前にも触れたように,人間の生きる空間は,個人にとっても,社会共同体にとっても,つねに意味構造を備え,ひずみをもったものである。逆にいえば,人間が生きるということ自体が,そのまま空間をひずませている。そうしたなかで,空間があたかも均質,等方,平等,中立であるかのような虚構に立つことは,人間の生にとってかなり大きな無理を含むともいえる。交通機関や通信手段の発達によって,今日空間距離は確かに格段に克服されてきた。それだからこそ,現代のわれわれには,新しい空間構造の理念が必要とされているといえるのである。
時間
執筆者:

人間の初原的な形での空間認識は物の存在を通して行われる。ある物の位置は,同じ空間にいる人間にとっては方向と距離によって決定される。方向の認識もさまざまの変異がみられるが,ここでは空間の距離的認識について述べる。

 人間の無意識的な距離的認識については,ホールEdward T.Hallのプロクセミクスproxemicsが重要である。彼は,人間と人間が接触するとき,4種の距離のとり方があると主張した。密接距離(愛撫,格闘,慰め,保護の距離),個体距離(他者と恒常的に分離するための距離),社会距離(個人的でない,社会的な用件を処理する際にとられる距離),公衆距離(公的な場でとられる距離)の四つである。この4種の距離は状況によって使いわけられる。しかし,文化が異なると具体的な距離のとり方が異なり,誤解が生じる。たとえば,アラブ人にとっての個体距離はアメリカ人の密接距離に相当し,彼らが会話をしようとすると,アメリカ人はアラブ人はぶしつけで失礼な人間と思い,アラブ人はアメリカ人を距離をおく冷たい人間と思ってしまう。このように,四つの距離は各文化において認められるが,文化によってそのものさしが異なることを見いだした。

 ホールの主張の中では,個体距離が特に重要である。人間は単に身体が占めている空間を占有しているのではなく,身体付近の一定の空間を個人の空間として占有している。このような空間は単に人間だけにとどまらず,非接触性の動物においても普遍的に認められる。それは進化のかなり早い段階で,同種内攻撃を回避させる方法のひとつとして出現し,なお人間にまで尾を引いているものと考えられた。個体距離は二つあるいはそれ以上の個体間においてみられる距離であるが,その基礎には,個体ごとに占有する空間というものがあるはずである,というのがホールの主張である。

 指示詞は,世界のどの言語にもみられる語群であり,かつ距離的な認識をその語の中に含んでいる。約500の言語の指示詞に関する空間的意味成分の分析から,人間は自己を中心とした,かなり普遍的な同心円状の距離的空間認識を潜在的にもっていることが明らかになった。それらは,〈手のとどく空間〉である触覚空間,〈声のとどく空間〉である聴覚空間,〈視覚のとどく空間〉である視覚空間と,もはやみることのできない視覚外空間である。これらの内,〈手のとどく空間〉である触覚空間は,個人が占有している空間,すなわち個体空間に一致するのではないかと考えられる。先に述べた文化による個体距離のとり方の違いは,個体空間の認識の違いにあるのではなく,個体空間のあつかい方の違いにある。すなわち,アラブ人にとって,ここちよく会話のできる状態は,個体空間がほとんど重なりあうほどの状態であり,アメリカ人にとっては,互いの個体空間をわずかに共有するほどの状態が安定した状態であるということになる。ただし,動物での個体空間を抽出することはむずかしく,人間の場合は言語をもちいてはじめて明らかになったにすぎない。
執筆者:

人は自分の住んでいる自然にもとづいて空間意識をもつ。地球が丸いということがわかり,地球が自転しつつ太陽の周囲を公転するという認識がもてた現在でも,太陽は東からのぼり,西に沈むという意識を人々はまだ用いている。日の本の国,日本という表現はやはり天動説的感覚で周囲をみている。1年を通じて太陽は出没の位置を変え,夏至と冬至の間の太陽の軌道差は地球各地の時の観念に差をもたらし,これは各文化の暦の差となっている。また空間意識の形成には山川草木やあらゆる森羅万象が作用しており,方位の認識には風が影響していることは柳田国男編の《風位考資料》がつとに明らかにしている。人は方位というと〈東西南北〉とか十二支を用いたものをもち出すが,実は地上各地の社会には独特の空間認識のしかたがある。日本においてこのような独自の民俗的空間認識を考証したものに移川子之蔵(うつしがわねのぞう)の《方位名称と民族移動並びに地形》(1940)がある。この中では,例えば台湾高山族諸社会の方位名称が,太陽,地形,風向,移住から生じていると実証されている。方位は一般に,単なる空間の分割ではなく,各空間に対する吉凶などの意味づけが伴っていて,これを方位観と呼んでいる。なお,動物における空間の問題については,〈棲分け〉〈縄張〉の項を参照されたい。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「空間」の意味・わかりやすい解説

空間
くうかん
space 英語
Raum ドイツ語
espace フランス語

物が存在しうる場所の全体をいう。

哲学における空間

空間をめぐる哲学的考察は、哲学の歴史とともに古い。真空の存在、空間と物体との関係、空間的位置の絶対性と関係性、空間そのものの実在性、幾何学と物理的空間との関係など、多くのさまざまな問題が論じられてきた。

 古代ギリシアのデモクリトスは、存在としての無数の原子が空虚な空間の中で運動する、という考えに基づいて、この世界の現象を説明しようとした。しかし、空虚な空間(真空)とは、「存在」に対する「虚無」であり、そのような虚無が「ある」とはいかなることか、という問題を生ずる。そして実際、多くの哲学者たち(たとえばアリストテレス、デカルト)が、真空の存在を否定した。存在しないものが、或(あ)る性質をもつ、ということはありえず、したがって、「広がっている」という性質をもつものも、なにか存在するものでなければならない。そこでデカルトは、「広がっている」ものは実体としての物体である、と考えるわけである。デカルトにとっては、物体がすなわち延長であった。

 空間的「位置」をめぐっても、物体と空間との関係が問題になる。「宇宙の中心」を考えるアリストテレスや、「絶対空間」を唱えるニュートンにとっては、どの物体がその位置にあるか(あるいはないか)ということとは独立に、その位置について語ることに意味があるのである。しかしライプニッツは、空間(および時間)を相対的、関係的に考え、絶対的な位置について語ることには意味がない、と主張した。この考えは、空間・時間の「観念性」の考えにつながる。

 カントは、空間とはそれ自体でわれわれの外に存在するものではなく、われわれが外界を認識する際の、主観の側の条件としての「直観の形式」である、と考えた。ただしこれは、物理学者が主張する空間の実在性と、ただちに対立するわけではない。なぜなら、カントにとって、物理学者が扱う世界は、表象としての「現象」の世界にほかならないからである。

 カントは、空間の先天的形式性に基づいて、ユークリッド幾何学の必然性を説明しようとしたが、非ユークリッド幾何学や相対性理論の出現に伴って、幾何学と現実の空間との関係が、改めて重大な問題になってきた。ポアンカレは、幾何学の公理とは、現実の空間のもつ性質を記述するものではなく、「規約」あるいは「擬装した定義」である、という見解を述べている。

[丹治信春]

物理学における空間

物理学において空間とは、広がりをもった連続体であり、物質全体に同時にその存在の場所を与えている実在であると考えられている。時間・空間と物質とは互いに独立したものでなく、密接不可分なものであることが、物理学の発展に伴いしだいに明らかになってきた。

 空間の点の位置は、その縦・横・高さの三つの座標を用いて定めることができる。このことを空間が三次元であるという。時間の次元をあわせると、時空の次元は四次元となる。宇宙の誕生とその発展過程の研究の進展に伴い、さまざまな形式の宇宙の存在の可能性が指摘されている。またこの可能性は素粒子の基本構造の研究からも論ぜられている。現在の物理学では、時空と物質とを互いに密接な関係をもつ独立な実在のようにみなしており、物質の運動が研究の対象であるのと同じように、空間の広がり方、その構造もまた研究の対象とされている。

[田中 一]

空間の属性と保存性

空間はどの点をとっても、また各点からみたどの方向に対しても同質である。これをそれぞれ空間の一様性および等方向性という。力学系の保存量は、以下に示すように、力学系の変換性と密接な関係をもっているが、このような関係は、空間の一様性と等方向性に基づいている。

 一定の運動量(あるいは質量×速度)をもつ力学系(対象とよぶことにする)を、その運動量の方向にずらした座標系からみても、力学系の運動量の方向や大きさは変わらない。逆にいえば、座標系のずらし、すなわち変位に対して不変な物理量が運動量という物理量であるといってよい。このようにして、力学系が座標系の変位に不変であれば、その力学系は一定の運動量をもつことがわかる。すなわち運動量を保存量とすることがわかる。このように、座標系の変換に対する力学系の不変性と力学系が保存量をもつこととは表裏一体の関係にある。空間回転に不変な力学系は角運動量を保存量とする。

 座標系として直交座標系、すなわち縦・横・高さのxyz軸からなる座標系Pと、図Aのようにこのうちいずれか一つ、たとえばz軸をその反対方向に向けた座標系Qとを比較してみよう。同じ三角形abcを座標系Qからみたとき三角形abcの各頂点のz座標はいずれも負であって、座標系Pからみたときこれらと同じ座標をもつ三角形を座標系Pに書き込んだのが三角形a'b'c'である。二つの三角形abcとa'b'c'とは互いに鏡に映した像になっている。二つの座標系PQとの一方から他方への変換を空間の反転という。空間反転によって力学系の座標は鏡像に映る。

 空間反転した二つの座標系からみても物理学の基本法則は多くの場合同一であるが、素粒子の崩壊現象では多くの場合空間反転による不変性が成り立たない。図Bは、コバルト60という原子核とこの原子核の回転の向きを示す。この原子核内の中性子は電子を放射して陽子に変わる。この場合図Bの左側に電子を放射する割合は右側の割合より大きい。空間反転によっては回転の向きが変わらないので、中性子が陽子に変わる法則が空間反転に対して不変であれば左右の電子放射の割合は等しいはずであるが、測定結果はそのようになっていない。

[田中 一]

空間と物質

相対性理論では、等速度運動を行うどの座標系からみても、光の速さは一定の値をもつ。この光速不変が基準となって時間の進み方や空間の広がり方が定まる。物体の広がりは物体の異なる部分の同時刻の位置を測ることによって求めることができる。同時刻であるか否かも光速不変を基準として定まるので、一つの座標系からみて同時刻である時空の2点も、この座標系に対して一定速度で移動する座標系からみたときには同時刻ではない。一般に任意の時空の点Aから他の時空の点Bに光を放射したとき、ちょうど時空の点Bに届くこともあるが、そうでない一般の場合、2点の時空上の位置は、適当な慣性系からみたとき2点A、Bが同時になる場合と、空間上の同位置になる場合とがある。前者を空間的、後者を時間的という。これらは同時刻異位置、同位置異時刻の一般化で、図Cがこれを示す。このように時空関係の基本が光の速さによって定まることは時空と物質との関係の密接さを示す。

 われわれが日常経験している空間はユークリッド空間であって、物質密度がゼロで光の速度が無限大のときの空間である。光の速さが有限であることを考慮したとき、われわれの空間はミンコフスキー空間であることをみいだしたのが相対性理論であり、物質密度がゼロではなく時空構造にもつ関係を考慮したとき、一般相対論はわれわれの時空がリーマン空間であることを示した。このように物理学では、時空の構造を認識対象としながら、しだいに研究されてきている。

 物質の運動が量子的であることが20世紀に入ってみいだされてきたが、その結果もっともエネルギーの低い状態にある力学系すなわち真空もエネルギーの有限な系と同列に扱われるようになってきた。

 真空とは物質のない空間であり、物質の存在する現実の空間から物質を排除することによって得られた物理的対象であったが、量子的研究は、真空を最低エネルギー状態と規定することによって、この現実の空間を物質的実在とみなすことを求めている。このように、量子力学の発展とともに、物質と空間との不可分な関係はいっそう深く認識されるようになってきた。素粒子の基本構造もまたこの観点から研究されており、湯川秀樹の晩年の非局所場理論および最近の超弦理論などの統一場理論はこのような研究の方向を示唆したものといえよう。

 そのほか、物理学の理論が数学的に構成された空間を用いて定式化されていることが多い。多自由度の系のための位相空間や量子力学に対するヒルベルト空間などがそれである。

[田中 一]

数学における空間

集合に幾何学的な構造を与えたものを空間という。集合や構造の与え方によって、さまざまな空間が得られる。

 われわれの住む直観的空間Eも、空間内の点Oと、Oで互いに直交する三つの直線を定め、それらの直線を、Oを原点とする数直線と考えて、三つの数直線のおのおのの座標xyzで定まる点(x,y,z)の全体をEと同一視すれば、前述した数学的空間と考えられる。すなわち、これは三つの実数の組(x,y,z)の全体R3を考え、集合R3の任意の2点
 p=(x1,y1,z1),q=(x2,y2,z2)
の間の距離を

と定義した空間である。

 R3にこの距離dを与えた空間は、三次元ユークリッド空間とよばれる。この概念を拡張すると、n次元ユークリッド空間が得られる。この場合、直観的空間Eにおける平面や直線は、それぞれ二次元ユークリッド空間、一次元ユークリッド空間に対応する。ユークリッド空間以外の空間も数多く知られている。

[廣瀬 健]

『『ライプニッツとクラークとの論争文』(ライプニッツ著、園田義道訳『ライプニッツ論文集』所収・1976・日清堂書店)』『E・マッハ著、野家啓一編・訳『時間と空間』(1977・法政大学出版局)』『アレクサンドル・コイレ著、横山雅彦訳『閉じた世界から無限宇宙へ』(1987・みすず書房)』『エル・ヤ・シュテインマン著、水戸巌訳『空間と時間の物理学』新装版(1989・東京図書)』『町田茂著『時間・空間の誕生』(1990・大月書店)』『ジョン・アーチボルト・ウィーラー著、戎崎俊一訳『時間・空間・重力――相体論的世界への旅』(1993・東京化学同人)』『丹野修吉著『空間図形の幾何学』(1994・培風館)』『小山慶太著『物理学の広場――時間の話・空間の話』新装版(1996・丸善)』『アンリ・ルフェーヴル著、斎藤日出治訳『空間の生産』(2000・青木書店)』『イアン・ヒンクフス著、村上陽一郎・熊倉功二訳『時間と空間の哲学』復刊版(2002・紀伊國屋書店)』『デカルト著、桂寿一訳『哲学原理』(岩波文庫)』『H・ポアンカレ著、河野伊三郎訳『科学と仮説』(岩波文庫)』


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普及版 字通 「空間」の読み・字形・画数・意味

【空間】くうかん

すきま。〔管子、軽重甲〕桓、北郭の民のなるを憂へ、管子を召して問ふ。~管子對へて曰く、~千鍾の家は、園(菜園)を爲(つく)ることを得ず、市を去ること三百は、を樹うることを得ざらしむ。此(かく)の(ごと)くんば、則ち以て相ひ給するり。

字通「空」の項目を見る

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百科事典マイペディア 「空間」の意味・わかりやすい解説

空間(数学)【くうかん】

初等幾何学では立体的な広がりを意味し,ふつうは三次元のユークリッド空間をいうが,直線を一次元空間,平面を二次元空間ともいう。しかし解析幾何学非ユークリッド幾何学などの発展に伴い,空間の概念は次第に拡張され,ロバチェフスキーリーマンの非ユークリッド空間,一般的なn次元のリーマン空間,無限次元ヒルベルト空間などが研究された。さらに,現代数学では一般に集合を空間,集合の元を点とする抽象的な空間を扱い,その構造によりベクトル空間・距離空間・射影空間・アフィン空間位相空間など多くのものがある。

空間(哲学)【くうかん】

日常語としては,事物がその中に位置している広がり。西洋思想史上,古代ギリシア以来の長い空間論の歴史がある。デモクリトスの〈空虚(メオン)〉の説,ニュートンの〈絶対空間〉,カントのカテゴリーとしての空間概念などが重要。電磁気学のの理論,時間との連続体ととらえる相対性理論,空間関係の記述の複数性を明らかにした非ユークリッド幾何学などの登場,さらには〈生活空間〉〈文化空間〉〈環境世界〉といった観点が生まれるに及んで,事物の容器,堅固な思考の枠組みという伝統的空間概念にさまざまな反省が加えられている。→時間

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「空間」の意味・わかりやすい解説

空間
くうかん
space

一般には,自然現象が生起する3次元の広がりをいう。数学用語としては,2通りの使い方がある。狭義には,直接的に経験するこの広がり,数学的には3次元ユークリッド空間をいい,その1点の位置は3個の座標によって指定される。広義には数学的な事物 (特殊には図形) の現象する世界をさし,3次元と限定せずに,面は2次元空間,線は1次元空間という。 R.デカルトや G.ライプニッツ以来の近代ヨーロッパの幾何学が,ギリシアの幾何学と異なるところは,図形のおかれた世界としての空間の意識があることで,それには座標で枠づけられることがあった。 C.ガウスから G.リーマン,F.クラインといった 19世紀幾何学では,こうして,さまざまの空間のさまざまの幾何学が考えられ,それを法則づけるものとしての変換群が重視されるようになった。現代の数学では,一般の集合でなんらかの数学的構造をもつものに,広く空間の呼称が与えられている。たとえば位相空間,線形空間,関数空間などがそれである。通常は位相をもっている集合に対して使うことが多く,その場合には,その集合の元を点という。物理学では,相対性理論において3次元の空間と1次元の時間とを合せた4次元空間の時空世界で物理事象を記述し,また統計力学においては抽象的な配置空間や位相空間が用いられる。

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