三尾田・由布田(読み)みおた・ゆふた

日本歴史地名大系 「三尾田・由布田」の解説

三尾田・由布田
みおた・ゆふた

田島(たしま)別符などと同じく平安時代後期に宇佐宮の散在常見名田として領有された別符の一。「宇佐大鏡」では三尾田とかいて「由布田歟」と傍書を加えている。のちの豊後国弘安図田帳では三尾田はみえず、由布となっている。「宇佐大鏡」によれば当地は田島別符などの四ヵ所とともに本来荒野空閑の地であったが、長元九年(一〇三六)に開発され、天喜二年(一〇五四)以後に肥前国藤津(ふじつ)郡の桑垣二ヵ所と交換されて宇佐宮領となったという。当地の四至について同書には「東は限る岳、南は限る大河、西は限る大道、北は限る田ならびに卯酉大道」(原漢文)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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