三島谷村(読み)みしまだにむら

日本歴史地名大系 「三島谷村」の解説

三島谷村
みしまだにむら

[現在地名]長岡市大積三島谷おおづみみしまだに

西山丘陵の物見ものみ山東麓の谷、高田たかだ往来本道から北に入る三島谷川の上流に開かれた集落。天和三年郷帳に村名がみえ、枇杷島組に属し、高二三七石六斗余(うち山高一石七斗・漆高二石六斗)。支配の変遷は関原せきはら新田に同じ。地内の鎮守三島神社は天神地祇一二神を祀る。「延喜式」神名帳三島郡六座のうちの「三島ミシマノ神社」の最初の臨幸の正蹟と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む