三川原村(読み)さんがわらむら

日本歴史地名大系 「三川原村」の解説

三川原村
さんがわらむら

[現在地名]宮川村三川原

宮川左岸にあり、越中西街道は東対岸巣之内(すのうち)村から当村に渡り、北の文道寺(ぶんどうじ)峠を越えて打保(うつぼ)村に至る。打保谷との間にある分水嶺から流下する洞(ほら)谷・芦(あし)谷・打保谷により形成された扇状地上にあり、この三つの谷は常時は水無谷だが、大雨が降ると多量の土砂を押出し、畑はしばしば川原となった。村名はこれによると思われる。慶長一〇年(一六〇五)の飛騨国郷帳の小島(こじま)郷のうちに三河原村とあり、田方一四五石余・畑方七三石余、物成六五石余とある。この高は打保村より小豆沢(あずきざわ)村までの合計高と思われる。同一八年の郷帳では小鷹利(こたかり)郷に属し、高三五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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