三川口町(読み)みかわぐちちよう

日本歴史地名大系 「三川口町」の解説

三川口町
みかわぐちちよう

[現在地名]兵庫区三川口町一丁目・門口町(もんぐちちよう)

門口町の北に接する岡方の町で、地方一八町の一。慶長七年(一六〇二)の兵庫屋地子帳(兵庫岡方文書)に町名がみえ、屋敷地三〇筆。元禄九年(一六九六)の兵庫津絵図(井家蔵)によると外輪堤で画された兵庫津への鵯越(ひよどりごえ)道からの入口に位置し、入口両側に龍昌(りゆうしよう)寺と久遠(くおん)寺(現法華宗本門流)、やや離れて愛宕社が描かれている。寛政八年(一七九六)の兵庫津各町家数人数書上(安田家文書)の家数八五・人数四一五。龍昌寺は兵庫津明細書(鷲尾家文書)に禅宗で北隣の範国(はんこく)寺(現臨済宗南禅寺派)支配とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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