三拾二貫村(読み)さんじゆうにかんむら

日本歴史地名大系 「三拾二貫村」の解説

三拾二貫村
さんじゆうにかんむら

[現在地名]畑野町栗野江(くりのえ)

栗野江村・二拾五貫(にじゆうごかん)村とともに村境は不明瞭だが、当村に属する家はやや西側低地に多くみられる。寛文一〇年(一六七〇)の訴状(小倉区有)によれば、小倉(おぐら)村の山を利用するため、山役として茣蓙一〇枚を毎年出しており、藺田があったことがわかる。元禄七年(一六九四)の検地では田一六町七反余・畑六町五反余(佐渡志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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