三日市廃寺(読み)みつかいちはいじ

日本歴史地名大系 「三日市廃寺」の解説

三日市廃寺
みつかいちはいじ

[現在地名]富士市浅間上町

富知六所ふちろくしよ浅間神社の北側一帯、通称三日市場みつかいちばの地から、布目の施された奈良時代から平安時代にかけての瓦が発見され、寺の存在が想定されて、三日市廃寺と俗称されるようになった。昭和初期に刊行された「静岡県史」では、これを「三代実録」貞観五年(八六三)の六月二日条に「以駿河国富士郡法照寺預之定額」とある法照寺に比定している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む