官寺(読み)かんじ

百科事典マイペディアの解説

官寺【かんじ】

私寺に対する称で,伽藍(がらん)造営・維持・管理を国家が行う寺。《延喜式》に大寺国分寺・有食封(ゆうじきふう)寺・定額(じょうがく)寺の等級がみえる。大寺・国分寺は天皇の発願で建てられた鎮護国家のための寺(正規の官寺)で,有食封寺・定額寺は貴族・豪族の建立で寺田・出挙(すいこ)稲・食封が与えられた准官寺であった。大寺は藤原時代,大官大寺・引福(ぐふく)寺・法興(ほうこう)寺であったが,奈良時代には4〜7大寺,《延喜式》では15大寺と増加。官寺は律令制の崩壊に伴い衰退。なお室町時代,足利義満(よしみつ)は南宋の制を習い,臨済宗五山(ござん)派寺院を官寺とし,僧禄司(そうろくし)を設けて管理させた。
→関連項目資財帳

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世界大百科事典 第2版の解説

かんじ【官寺】

律令制時代,天皇が発願し官(政府)が造営費を支出して建立し,経営維持のために封戸,荘園などを官給するかたわら,官の監督をうけた寺。私寺に対する称。律令国家建設の過程において,仏教を国家の保護統制下におくとともに,国家の安寧隆昌を祈願させた。官寺の名の初見は729年(天平1)8月〈近江国紫郷山寺〉(崇福寺)であるが,もとは国大寺とか大寺と呼ばれた。680年(天武9)4月に蘇我氏の氏寺であった飛鳥元興寺が,当時あった二,三の国大寺とともに官寺の中に入れられ,また聖徳太子の熊凝(くまごり)寺も舒明天皇のとき百済大寺となったと伝える。

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大辞林 第三版の解説

かんじ【官寺】

律令制下、伽藍の造営や維持の費用を国家から受けた寺。国分寺など。
鎌倉時代、幕府が特に保護した臨済宗の五山十刹など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

官寺
かんじ

律令(りつりょう)制下で、堂塔の造営や修理、僧尼の費用が国家から給付され、国家の監督を受ける寺。個人的に建てられた私寺に対する。基本的な性格としては、天皇の発願(ほつがん)で建てられ、皇室や国家の安泰鎮護の祈願が重んぜられた。ただし蘇我馬子(そがのうまこ)の発願による法興寺(ほうこうじ)(飛鳥寺(あすかでら))が官寺的性格をもつに至るのは特例であるが、古くはほとんどの寺院が官寺であった。『延喜式(えんぎしき)』には大寺(だいじ)、国分寺、有食封寺(うじきふうじ)、定額寺(じょうがくじ)の等級がみられるが、有食封寺、定額寺、御願寺(ごがんじ)は準官寺で、国分寺、国分尼寺、勅願寺(ちょくがんじ)が官寺である。中世以後は、幕府がとくに保護帰依(きえ)した禅宗寺院をさすようになった。臨済(りんざい)宗の京都・鎌倉五山、曹洞(そうとう)宗の永平寺・総持寺がこれにあたり、勅宣により住持が定められ、「出世道場」ともよばれる。[石川力山]

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世界大百科事典内の官寺の言及

【寺院】より

…ただし,日本の場合のように,墓所の管理や死者の儀礼を媒介として,特定の寺院とその檀家が結合されるという状況は,原則として墓をつくらない上座部仏教諸国では,あまり見られない点に留意する必要があろう。【石井 米雄】
[日本]
 日本の寺院には最初から伽藍や寺地をもって出発した官寺氏寺もあれば,草庵や村堂や町堂から出発した民間の私寺もあり,また宗派や時代やそれぞれの寺史によりさまざまな性格がある。元号を寺号とするいわゆる元号寺は,勅願寺が原則である。…

【定額寺】より

…しかし延暦年間(782‐806)以降定額寺は急増し,貴族,僧侶,地方豪族の私寺が次々に奏請して定額寺に列せられた。律令政府による保護と統制は強化され,国家から修理料,灯分料の施入があり,経営については国(国司,講師)と寺院(別当,三綱(さんごう))と檀越(だんおつ)が検校し,官寺の末端に位置する存在として国家の繁栄と安穏を祈った。地方定額寺のなかには,国分寺焼失の代りに国分寺となる例もみられる。…

※「官寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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