三次村(読み)みつぎむら

日本歴史地名大系 「三次村」の解説

三次村
みつぎむら

[現在地名]桜川村三次

上馬渡(かみまわたし)村の西に位置し、霞ヶ浦に面する。元禄五年(一六九二)四月一三日の霞ケ浦四十八津連判訴状案(舟串家文書)に「雨宮宇衛門殿 三次村市左衛門」とみえ、同一六年九月一六日の霞ケ浦四十八津返答口上書(同文書)には「三次村作衛門」とあり、霞ヶ浦で漁業が行われていた。延享三年(一七四六)一二月二一日の常陸国河内郡三次村同国同郡四箇村野境論裁許之件写(桜川村郷土史資料)に「三次村訴趣当村野境南は安塚野茶臼峯土手堀限、西南は松ケ原稲荷塚迄野内の処、当三月四箇村より致検地安塚野に境杭相建候。当村秣場は安塚野てふ長峯松ケ原三ケ所の芝地より外無御座右芝地石地放鎌刈不相成牛馬を繁養し来候。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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