三淵村(読み)みつぶちむら

日本歴史地名大系 「三淵村」の解説

三淵村
みつぶちむら

[現在地名]小牧市ぶち

西之島にしのしま村と舟津ふなつ村の西にある。

「徇行記」によると、概高一千一五三石のうち一千一三石余が藩士一八人の給知。田五三町九反三畝・畑一五町一反八畝余。「昔時ヨリ戸口一倍モ増シ佃力足リ皆能農ヲツトメリ、此アタリハ土地黒スクモニテ糞土ニハ灰ヲ用ル事ヲ専一トス、此村灰ヲ入ルヽニ殊ニ骨ヲ折ルトナリ」とある。寛文一一年(一六七一)の家数六四、人数三八七(寛文覚書)

天保の村絵図をみると、村の東北部に一ノ場午新田・池田郷新田がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む