三田二丁目(読み)みたにちようめ

日本歴史地名大系 「三田二丁目」の解説

三田二丁目
みたにちようめ

[現在地名]港区三田二―三丁目

神宮(じんぐう)寺および同寺門前の南に続く片側の年貢町屋。聖(ひじり)坂下近くの南西隅は低くなっている。東は三田通を挟んで三河挙母藩内藤家上屋敷および三田同朋(みたどうぼう)町、西は肥前島原藩松平家下屋敷および三田四丁目、南は同三丁目。町の起立は同一丁目に同じ。町内間数は田舎間で西側表一二三間余・裏幅一二四間余、裏行は南方三七間余・北方二〇間余、二千八六〇坪。反別九反余。文政一一年(一八二八)の家数一七八、うち家持七・家主一七・地借六・店借一四八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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