三田功運寺門前(読み)みたこううんじもんぜん

日本歴史地名大系 「三田功運寺門前」の解説

三田功運寺門前
みたこううんじもんぜん

[現在地名]港区三田(みた)四丁目

三田通から南西に分れて品川に向かう往還の西側に沿う片側の門前町屋。東は往還を隔てて三田三丁目および豊後森藩久留島家上屋敷・丹波亀山藩松平家下屋敷などの武家地と済海(さいかい)寺、西は功運寺境内、南は三田台(みただい)町一丁目、北は横町を隔てて三田四丁目・三河奥殿藩松平家拝領屋敷・幕臣邸地。功運寺は寛永一七年(一六四〇)桜田(さくらだ)から移転し、四五軒の門前町屋のうち三二軒がともに移った(寺社書上)。門前家作を許されて三田功運寺門前と唱えた。三田台町から三田三丁目へ下る聖(ひじり)坂にちなみ聖坂(ひじりざか)町ともいい(文政町方書上)、袖玉町鑑は聖坂功運寺門前とする。三田聖坂功運寺門前とも称した。延享年間(一七四四―四八)から町奉行支配となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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