三田尻御船倉跡(読み)みたじりおふなぐらあと

日本歴史地名大系 「三田尻御船倉跡」の解説

三田尻御船倉跡
みたじりおふなぐらあと

[現在地名]防府市三田尻二―三丁目付近

毛利氏の水軍の根拠地。天文一五年(一五四六)以降毛利氏は瀬戸内海海賊衆統率、弘治元年(一五五五)厳島いつくしま陶晴賢を討つに際しても、島・くる(現愛媛県)因島いんのしま(現広島県)などの海賊衆を誘い、その功を賞して大島郡の地を給した。のち水軍は毛利氏の一族小早川隆景の臣となったが、その死去により毛利氏に仕えた。毛利氏は海賊衆の称を廃して船手七組を組織。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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