因島(読み)インノシマ

デジタル大辞泉 「因島」の意味・読み・例文・類語

いん‐の‐しま【因島】

広島県芸予げいよ諸島東部の島。中世村上水軍根拠地瀬戸内しまなみ海道が通る。
広島県南東部、瀬戸内にあった市。造船業除虫菊栽培で発展。平成18年(2006)1月、瀬戸田町とともに尾道市編入。→尾道

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精選版 日本国語大辞典 「因島」の意味・読み・例文・類語

いん‐の‐しま【因島】

  1. ( 古くは「院島」 ) 広島県南東部、瀬戸内海芸予諸島東部の島。中世には水軍村上氏の根拠地で、明治以降は造船業で栄えた。青陰城跡がある。昭和二八年(一九五三)生口(いくち)島東部と細島を合わせて市制。いんとう。

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改訂新版 世界大百科事典 「因島」の意味・わかりやすい解説

因島 (いんのしま)

広島県尾道市の島。同市に合併した旧因島市の大部分を構成する。面積33.9km2。芸予諸島の北東部に位置し,北は布刈(めかり)瀬戸をはさんで向島に,南は長崎瀬戸を隔てて愛媛県弓削(ゆげ)島に対する。島の中央から東部には古生層からなる奥山(391m),青影山などの急峻な山地があるが,ほかの大部分は花コウ岩からなる低起伏の丘陵地や山麓緩斜面であり,島の生産物であるミカンハッサクなどが栽培されている。樹園地が耕地の大半を占めるが,ミカンの生産過剰という状況の中で,晩柑作への切替えや野菜栽培を進めている。かつて主産物であった除虫菊は,今は栽培農家がない。荘園時代は塩の特産地として重視され,室町~戦国時代は村上水軍の根拠地となっていたので,その城跡をはじめ金蓮(こんれん)寺や法楽踊,水軍太鼓など村上氏ゆかりの文化財が多い。海運業は江戸時代を通じて盛んだったが,明治に入ると衰微した。しかし明治20年代に島の南部,土生(はぶ)にドックが設けられると,因島は〈造船の島〉として発展することとなった。
執筆者:

《三代実録》元慶2年(878)12月15日条に〈授備後国無位隠島神従五位下〉とあるのが初見で,《和名抄》(高山寺本)には御調(みつぎ)郡の郷として因島が記されている。1191年(建久2)長講堂領の一つとして目録に姿を現すこの島は,単に因島(のち因島荘)といわれており,島が荘園となった時点には因島は内に小単位を含みつつも,なお全体として一個の単位だったと思われる。鎌倉中期の1276年(建治2)因島は,常光院領三津荘,宣陽門院領因島中荘,同女院領重井浦(のち重井荘)の3ヵ所に分かれており,それぞれの地頭は北条氏一門で,以後鎌倉時代を通じて得宗領だったと思われる。鎌倉幕府滅亡後,因島の地頭職は尾道の浄土寺が1333年(元弘3)に後醍醐天皇から与えられ,36年(延元1・建武3)には足利尊氏から改めて寄進をうけて所持していた。38年に尊氏の寄進によって,京都の東寺がこの島の荘園領主となった。しかし東寺の経営は不安定で,近隣の武士による争奪が繰り返された。南北朝末期には小早川氏の勢力が因島をおおい,室町時代に入ってもその勢力は同島に根強く残った。15世紀後半には東寺の支配はまったく及ばなくなっている。なお瀬戸内水軍の代表としてよく知られる因島の村上氏は,能島(のしま)(現,大島)と来島(くるしま)の村上氏と合わせて三島(さんとう)村上と称せられ,すでに南北朝時代より大きな力を有し,応仁の乱から戦国争乱期を通じて,独立を維持しながら,時々の合戦のたびに大名の招きをうけていずれかにみかたするという形で活躍した。青陰城をはじめとして現在因島に残る中世の城跡は,ほとんどが村上氏の築城と伝えられる。また1468年(応仁2)に明に渡った天与清啓の記録《戊子入明記》には,渡唐船の一艘として〈隠島熊野丸六百斛〉が記されており,因島が早くから海運の拠点であったことは他の史料からもうかがわれる。
村上水軍
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「因島」の意味・わかりやすい解説

因島(旧市名)
いんのしま

広島県南東部、瀬戸内海にあった旧市名(因島市)。現在は尾道(おのみち)市の一地区。因島と生口(いくち)島の東端部、細島、小細島を市域とする。1953年(昭和28)土生(はぶ)、田熊(たぐま)、三庄(みつのしょう)の3町と中庄(なかのしょう)、大浜、重井(しげい)、東生口の4村が合併し、市制施行して因島市成立。2006年(平成18)尾道市に編入。日立造船因島工場やその下請企業が各所に立地し、周辺の島々から通勤する人も多いが、1980年代以降、造船業は合理化が進み、かわって自動車部品や電子部品などの工場が進出、製造業は多様化の傾向にある。またミカン、早期野菜の栽培も行われる。因島大橋(1983年完成)が向島と、生口橋(1991年完成)が生口島と結び、それぞれ本州四国連絡橋尾道―今治(いまばり)ルート(西瀬戸自動車道=瀬戸内しまなみ海道、1999年5月全通)の一部をなす。

[北川建次]

『『因島市史』(1968・因島市)』



因島(島)
いんのしま

広島県南東部、瀬戸内海の芸予(げいよ)諸島の一島。尾道(おのみち)市に属す。面積34.97平方キロメートル。主として花崗(かこう)岩と古生層からなり、島の大部分は山地で、最高点は奥山の391メートル。『和名抄(わみょうしょう)』には御調(みつぎ)郡の因島郷と記され、中世は長講堂領の因島荘(しょう)、江戸時代は広島藩の蔵入(くらいり)地であった。中世から村上水軍の根拠地で、青影(あおかげ)山の青陰城跡のほか、島内の岬には青木城跡、長崎城跡など水軍の出城跡がある。中心地区は南西部の土生(はぶ)で、市役所、日立造船所や社宅などがあり市街地を形成している。島の北部の重井(しげい)には鉄工団地がある。造船業はふるわず、農業は柑橘(かんきつ)類や野菜栽培が主で、沿岸漁業やノリ、カキの養殖も行われる。かつては蚊取り線香用などの除虫菊栽培が盛んで、5月ごろには全島が白い花で覆われた。1999年(平成11)5月、本州四国連絡橋尾道―今治(いまばり)ルート(西瀬戸自動車道=瀬戸内しまなみ海道)が全線開通し、観光に大きな期待がかけられている。人口2万6459(2000)。

[北川建次]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「因島」の意味・わかりやすい解説

因島
いんのしま

広島県南東部,尾道市南西部の旧市域。瀬戸内海因島全島と生口島の一部,周辺の小島からなる。 1953年土生町,田熊町,三庄町の3町と中庄村,大浜村,重井村,東生口村の4村が合体して市制。 2006年尾道市に編入。中世,村上水軍 (→村上氏 ) の根拠地で,県史跡の青影城跡にその面影をとどめる。明治末期までは農漁村だったが,1911年因島の南西岸にある中心市街地の土生に造船所が建設されて以来,造船都市として発展。大規模な造船所や関連工場が立地し,周辺の島々から通勤する人も多い。土生の北方の箱崎は内海の家船 (水上生活者の船) 漁業で知られた。農村部では山の斜面を利用してミカン,ハッサクなどの柑橘類,ジョチュウギク,サツマイモ,オリーブなどが栽培されている。

因島
いんのしま

広島県南東部,瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島東部の島。尾道市に属する。本土の尾道まで約 17km。平地に乏しく,奥山 (390m) ,青影山 (268m) など山地が多い。段々畑でミカン,オリーブ,ジョチュウギクなどを栽培。尾道と今治を結ぶ本州四国連絡橋西瀬戸自動車道の通過地で,1983年に北の向島との間に因島大橋が完成,1991年には南西の生口島とを結ぶ生口橋も完成した。島域の一部は瀬戸内海国立公園に属する。面積 (2002) 34.97km2。人口2万 9126 (1996) 。

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百科事典マイペディア 「因島」の意味・わかりやすい解説

因島[市]【いんのしま】

広島県南部の旧市。1953年市制。芸予諸島中の因島全域と西隣の生口(いくち)島の一部を占める。中世には村上水軍の根拠地であった。1911年日立造船因島工場が南岸の土生(はぶ)に立地,人口が急増し,造船都市となった。近年は造船業の衰退で製造業の多様化が進む。丘陵斜面を利用した柑橘類,特にハッサクの栽培が盛ん。西瀬戸自動車道の因島大橋と尾道大橋で本土と結ばれ,尾道,三原,今治(いまばり)などから船便がある。一部は瀬戸内海国立公園に属する。39.76km2。2万8446人(2003)。2006年1月豊田郡瀬戸田町と尾道市へ編入。

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世界大百科事典(旧版)内の因島の言及

【因島】より

…広島県因島市の大部分を構成する島。面積33.9km2。…

【備後国】より

…19年(元応1)守護長井貞重の代官円清らが尾道浦に乱入し,当浦預所代らを殺害し悪党らをからめ取り,民家1000余宇などを焼き大船数十艘で仏聖人供などの資財を運び去った事件は,悪党どうしの衝突と評価される。当時塩の生産地因島(いんのしま)の地頭職は北条得宗領であったが,33年(元弘3)尾道浄土寺に寄進された。西大寺叡尊の弟子定証による浄土寺の再興や同宗の草戸(草戸千軒)の常福寺再建,尾道での時宗の海徳寺や常称寺の創建,浄土真宗明光派の始祖による沼隈郡山南(さんな)の光照寺の創建,同郡水呑にあった真言宗重顕寺の日蓮宗への改宗などは鎌倉後期以降の内海水運の発達にそうものであった。…

※「因島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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