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三田谷啓 さんだや ひらく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三田谷啓 さんだや-ひらく

1881-1962 大正-昭和時代の教育者。
明治14年9月1日生まれ。知的障害児のための治療教育学を富士川游(ゆう)にまなぶ。大正7年大阪市社会局児童課長となり,児童相談所などを創設,9年には月刊誌「母と子」を創刊した。昭和2年芦屋に三田谷治療教育院をひらき,4年日本母の会を設立。13年現在の翠丘(みどりがおか)小学校をひらいた。昭和37年5月12日死去。80歳。兵庫県出身。大阪府立高等医学校(現阪大)卒。著作に「治療教育学」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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