三疋田村(読み)さんびきだむら

日本歴史地名大系 「三疋田村」の解説

三疋田村
さんびきだむら

[現在地名]多気町三疋田

四疋田(しひきだ)村の西、北辺を櫛田(くしだ)川が流れ、集落中を初瀬(はせ)(伊勢)本街道が東西に走る。天暦七年(九五三)の近長谷寺資財帳(同寺蔵)に「相可郷十六条三疋田里」「相可林寺所一処、在三疋田里、日置貴曾町子、寛平七年沽進」と記され、日置氏の土地があるところから疋は日置からではないかとも考えられている。条里制の数字と里名がそのまま村名として残っている。字名に神楽田(かぐらだ)・水戸代(みとしろ)・熊代(くましろ)・東貝鍋(ひがしかいなべ)・西貝鍋(神奈備か)・三ヶ田(みかんのた)(御神田)・東三田(ひがしさんだ)・西三田(御田)・郷園(ごうえん)・太陽園(たいようえん)などの神田・御園・荘園関係の地名が多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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