三要寺(読み)さんようじ

日本歴史地名大系 「三要寺」の解説

三要寺
さんようじ

[現在地名]大宮町字善王寺 西八反田

善王寺ぜんのうじ集落の西方山麓にあり、山号松渓山、臨済宗本尊薬師如来で七仏薬師の第六と伝える説(丹哥府志)と、釈迦牟尼仏とする説(峯山明細記)がある。

永和年中(一三七五―七九)頃は真言宗安得(徳)山善王寺といい開基真海、慶長年中(一五九六―一六一五)寂翁の時、曹洞宗小渓山長福ちようふく寺となり、享保年中(一七一六―三六)再度転宗し臨済宗三要寺になったと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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