三角浦村(読み)みすみうらむら

日本歴史地名大系 「三角浦村」の解説

三角浦村
みすみうらむら

[現在地名]三角町三角浦

東は波多(はた)村、西は三角ノ瀬戸を隔てて大矢野(おおやの)島(現天草郡大矢野町)、東はモタレノ瀬戸を隔てて戸馳(とばせ)島に対する。北に三角岳(四〇六メートル)がある。南東より渡場まで富岡(とみおか)往還が通じる。村の中央に村上(むらのうえ)、南に志水(しみず)、北に瀬戸外(せとのほか)、南東に首入(おびといり)などの字地がみえる(郡村誌)。久安六年(一一五〇)一月二三日の肥後国司庁宣写(阿蘇家文書)で郡浦社領の西限として「三角中上并中戸」とみえる。元禄国絵図に「波田村之内三角村」とあり、近世は郡浦手永に属し、「国誌」に「里俗三角町ト云、舟津ト云小村アリ」とみえ、三角浦御茶屋・御高札場・三角浦上番所・同遠見下番所(同書)、毘沙門・妙見(一統志)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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