三重生郷(読み)みえおごう

日本歴史地名大系 「三重生郷」の解説

三重生郷
みえおごう

安曇川南岸にあった中世郷。室町期には廬山ろざん(現京都市上京区)領。南北朝・室町期の売券から九条二里・三里、一〇条七里・八里にわたっていたことがわかり、ほぼ現常盤木ときわぎ地区に相当する。三重郷・三吉之生郷とも記される。元弘三年(一三三三)二月一五日の三重生郷地頭代行豪田地寄進状(朽木文書)に郷名がみえる。文安元年(一四四四)三月九日当郷は廬山寺当知行を安堵された(「足利義成下知状」廬山寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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