太山寺(読み)たいさんじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

兵庫県神戸市西区にある天台宗の寺。奈良時代の霊亀2 (716) 年に藤原鎌足の子定恵開山とし,藤原宇合 (うまかい) が創立したと伝えられる古寺。弘安8 (1285) 年の勧進状があり,本堂 (国宝) はその後の再建と認められる。頭貫鼻 (かしらぬきばな) の繰形 (くりかた) を除き,純和様の大型密教本堂の典型で,中世仏画を多く蔵している。
愛媛県松山市にある真言宗智山派の寺。四国八十八ヵ所第 52番札所聖武天皇によって行基が創立,康平5 (1062) 年現在地に移り,天仁1 (1108) 年火災にあい,翌年再興されたと伝えられる。本堂 (国宝) は嘉元3 (1305) 年の造立で桁行 (けたゆき) 7間,梁行9間という大堂。外陣の太い柱,大仏様虹梁などは圧巻

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デジタル大辞泉の解説

神戸市西区にある天台宗の寺。山号は三身山。霊亀2年(716)元正天皇勅願により藤原宇合(ふじわらのうまかい)が定恵を開山として建立と伝える。本堂は国宝。
愛媛県松山市にある真言宗智山派の寺。山号は滝雲山。用明天皇ころ真野長者の建立と伝える。四国八十八箇所第52番札所。本堂は国宝。

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百科事典マイペディアの解説

兵庫県神戸市にある天台の寺。716年藤原鎌足(かまたり)の子定慧(じょうえ)を開山に,鎌足の孫宇合(うまかい)を開基として創建,初め法相(ほっそう)宗であったという。しかし実際には12世紀初頭の創建とみられる。国宝の本堂は1285年の罹災後再建されたもの。また仁王門大塔(おおとう)宮護良(もりよし)親王令旨・平氏納経と伝える法華経彫刻絵画など重要文化財が多い。

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デジタル大辞泉プラスの解説

兵庫県神戸市西区にある寺院。天台宗。山号は三身山。716年創建と伝わる。本尊薬師如来。鎌倉時代後期に建てられた本堂は国宝に指定
愛媛県松山市の滝雲山中腹にある寺院。真言宗智山派。龍雲山護持院と号する。本尊は十一面観世音菩薩。1305年に建立された本堂は国宝に指定。四国八十八ヶ所霊場第52番札所。

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世界大百科事典 第2版の解説

神戸市西区伊川谷町にある天台宗の寺。三身山と号する。寺伝によれば,藤原鎌足の子定恵(じようえ)を開山に,孫宇合(うまかい)を開基として,716年(霊亀2)に元正天皇勅願所として建立され,初め法相宗,のちに天台宗に改めたという。しかし古い礎石や出土はなく,阿弥陀堂が建立された1137年(保延3)をさほどさかのぼらぬ時期に本堂(大講堂)も建てられたらしく,創建もそのころであろう。当初の本堂は1208年(承元2),85年(弘安8)と2度罹災し,その後間もなく再建されたのが現存の本堂(国宝)で,和様を主として一部唐様を加えた大伽藍である。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[一] 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開にある天台宗の寺。山号は三身山。霊亀二年(七一六)藤原鎌足の孫宇合(うまかい)の創建と伝えられる。開山は定恵(鎌足の長男)。薬師如来七体を安置し、元正天皇の勅願寺となった。本堂は国宝。太山寺薬師。
[二] 愛媛県松山市太山寺町にある真言宗智山派の寺。山号は滝雲山。用明天皇のとき、豊後国(大分県)の真野長者が創建したと伝えられる。後冷泉天皇から後白河天皇までの白河天皇をのぞいた歴代の天皇が納めた十一面観音六体を安置している。本堂は国宝。四国八十八所の第五二番札所。護持院。

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