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廬山寺 ロザンジ

デジタル大辞泉プラスの解説

廬山(ろざん)寺

京都府京都市上京区にある寺院。天慶年間(938~947)の創建とされる。天台圓浄宗大本山、本尊は阿弥陀如来紫式部邸跡で、庭園は「源氏庭」と呼ばれる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ろざんじ【廬山寺】

京都市上京区にある円浄宗の本山。山号は日本廬山。938年(天慶1)良源が開創し与願金剛院と称したと伝えるが,不詳。1245年(寛元3)住心房覚瑜(かくゆ)が出雲路に寺を建て廬山と号し,本光が草庵を北小路に結んで講席を開き,明導が両師の跡を継いで2寺を併せたといい,寺地は一条猪熊(いのくま)にあった。明導と次の実導は,ともに法曼流の密教宗と西山流の浄土教を受け,教学を振興させたので,その法流を廬山寺流という。

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大辞林 第三版の解説

ろざんじ【廬山寺】

京都市上京区寺町通にある円浄宗の本山。938年良源の創建。中国の廬山にならって蓮社を結び、天台・浄土・律・真言の道場となったが、現在は天台宗系。応仁の乱によって焼失後、現地に再興。廬山天台講寺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

廬山寺
ろざんじ

京都市上京(かみぎょう)区北之辺(きたのべ)町にある円浄宗の本山。日本廬山と号する。本尊は元三(がんさん)大師自作像。938年(天慶1)元三大師(慈慧(じえ)大師良源(りょうげん))が北山に与願金剛(よがんこんごう)院を開いたのが始まりという。1245年(寛元3)船岡山南麓(ろく)に移り、覚瑜(かくゆ)が再興。寺号も廬山天台講寺となった。その後応仁(おうにん)の乱などで火災にあい、現在地に移転した。寺宝の慈慧大師自筆遺告は国宝。絹本着色普賢十羅刹(ふげんじゅうらせつ)女像、木造如意輪観音半跏(にょいりんかんのんはんか)像、紙本墨書後伏見(ごふしみ)天皇宸翰(しんかん)御願文、紙本墨書選択(せんじゃく)集、紙本墨書正親町(おおぎまち)天皇宸翰女房奉書、慈慧大師二十六箇条起請は国重要文化財に指定されている。現在地は紫式部の住居跡である。節分会に行われる「鬼の法楽(ほうらく)」とよばれる悪疫退散は有名。[田村晃祐]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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