上中居村(読み)かみなかいむら

日本歴史地名大系 「上中居村」の解説

上中居村
かみなかいむら

[現在地名]高崎市上中居町・中居町(なかいまち)一丁目

烏(からす)川と井野(いの)川との間に広がる沖積平野の中央部に位置する。高関(たかぜき)村の南にあり、東から南は下中居村、南は下之城(しものじよう)村、西は岩押(いわおし)村・上佐野(かみさの)村。群馬郡に属し、「寛文朱印留」に村名がみえ高崎藩領。寛文郷帳では田方一千九石余・畑方二八〇石余。同藩領についての明治二年(一八六九)家数人数取調帳(小島文書)によると天明年中(一七八一―八九)の家数一六三・人数五七一。明治一〇年頃の家数一一三、社五(諏訪・稲荷・神明・飯玉・八坂)、高野山真言宗反町山極楽寺・同宗普門山正観(しようかん)寺があり、人数五五八、牡馬五一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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