上久原・下久原(読み)かみくばら・しもくばら

日本歴史地名大系 「上久原・下久原」の解説

上久原・下久原
かみくばら・しもくばら

[現在地名]大村市久原、久原郷(くばらごう) 上久原・下久原

玖島(くしま)城の南東に位置する。大村城下の五小路以外の武家地で、両地を合せて両久原とも称される。当地には鉄砲組百人衆が配された百人衆(ひやくにんしゆう)小路も含まれる。慶長一七年(一六一二)から同一八年にかけて大村藩主大村喜前が一族の純勝に命じて小身侍の末子から登用した鉄砲衆一〇〇人のことで、初めに取立てた五〇人は鈴田(すずた)村に常駐させて諫早(いさはや)口を警衛させ、翌年江串(えのくし)村(現東彼杵町)に五〇人を配して藤津(ふじつ)口を当たらせた。元和年間(一六一五―二四)鈴田村の鉄砲衆の半数を当地に移して城下の警衛に従事させた頃、武家地として成立した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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