上六嘉村(読み)かみろつかむら

日本歴史地名大系 「上六嘉村」の解説

上六嘉村
かみろつかむら

[現在地名]嘉島町上六嘉

東は高木たかき(現御船町)北甘木きたあまぎ村、西は上島うえじま村、北は下六嘉村と接する。村の南側を日向往還が通り、御船みふね川が貫流する。慶長国絵図に村名がみえ、近世は鯰手永に属した。正保二年(一六四五)一〇月二八日「益城郡之内上六ケ村・小池村・木山村・唐川村、於所々都合六百石」は長尾武左衛門に宛行われている(「細川光尚判物」五条文書)。「国誌」には「上六箇村」と記され、「中郡村押切村竜福寺村等の小村アリ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む